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2002.12.19
毎日新聞北九州版「記者が役者をやってみた」

第1幕 5人の“猛者”が出演へ

 北九州はドラマシティーだ。9年前の合併30周年記念で演劇祭を始め、日本劇作家協会の第1回大会や映画やテレビのロケ撮影を誘致し、来年は小倉北区に劇場を三つも開場させる。「そんな街の住民なのだから我々も演じよう」。単純だが大胆なことを決めてしまった。15日の公演に向けて、新聞を作りながら舞台も作った日々を報告する。【高原克行】


 中島みゆきさんの「地上の星」を背景に「活字で人間を描く職人集団、それが新聞記者だ」とナレーション。デスクの向こうで振り向いた人物が叫ぶ。「よし、決めた。芝居をやって記事にするぞ」。再びナレーション。「その瞬間、彼らは未体験ゾーンへ足を踏み入れてしまった。これは苦難と発見の物語である」

 ことの発端をNHK「プロジェクトX」風に再現すると、こうなるだろう。記者は好奇心が命。面白そう、の一点で衆議は決したものの、出演を覚悟した記者5人に芝居経験者はただ1人。それも十数年前のことだった。

 演劇担当歴10年の私といえど、イロハのイから教えるのに1人は無理。そこで、北九州市を拠点に活躍する劇団「飛ぶ劇場」に登場を願った。代表の泊篤志さん(34)は何度も九州各地で演劇講座を手掛けていて、その指導には定評がある。

 「面白そうですね」。東京公演が迫っていたのに、泊さんは快諾した。望外の喜び。しかも指導は2回。「寸劇を作る」と「体を見詰める」が主題のワークショップだ。

 本来「工房」という意味のワークショップ。最近は体験講座名に多用される。あか抜けた感じを狙うのだろうが「この言葉は記事で見かけていたが、今ひとつ意味が飲み込めず、嫌悪感さえ持っていた」と、立石信夫記者(39)は事後の感想に書いていた。だが「前言撤回。ハッキリ言って面白かった」と続く。

 何がそんなに面白かったのか。例えば鬼ごっこ。鬼に触られた人が次の鬼という、あれだ。ただし、タッチ寸前に鬼以外の名を呼べば、呼ばれた人が鬼になる。鬼に3回なったら叫びながら倒れて退場というルール。

 「試しにやってみましょう」と泊さん。いい大人6人が劇団の俳優4人と一緒に逃げ回る。終わったころには体が温まり、初対面同士が名前を覚えていた。以下は松尾雅也記者(34)の感想。

 「私は走ったり泳いだりバーベルを持ち上げたりするのは得意だが、頭脳と肉体を瞬間的に同調させるのが大の苦手。案の定、続けて3回鬼になった。『その場で叫んで倒れましょう』。泊さんの声が響く。大声を上げながら人前で倒れるなど、酔った勢いでもなければ出来ない。それでもみんなの視線が集まる。やるしかないようだ。『ああーっ』。叫んで倒れた。なんだか、恥ずかしいようなうれしいような気分になった」

 「他己紹介」はもっと盛り上がった。他人になって自己紹介するゲーム。2人1組で略歴などを教え合い、一人ずつ他己紹介する。他の組は本人しか分からないような思いがけない質問をぶつける。言いよどんだら負け。うそでもいいから答えるのだ。これは全員うまかった。取材はいつものことだし、うそもうまい。さすがは新聞記者。

 安部拓輝記者(24)はこんな感想を書いた。「男優とペアを組んだ。相手から聞いたことを思い出そうとしながら話し始めたが、気付くと自分が勝手に描いた相手のイメージを語っていた。そうなると、本人から聞いていないことを尋ねられても、何の抵抗もなく答えられた。相手になりきったと言うより、その男優のイメージが混じった自分を紹介していた。『父の職業ですか? 自転車屋さんです』。口を突いて出たのは恋人の父の仕事だった」

 この時点で私は「これなら芝居もできそうだ」と少し安心した。だが、それは甘かった。その日の主要課題「寸劇を作る」に至って、難関にぶつかったのだ。

第2幕 課題はやはり台本

 「寸劇を作る」ワークショップはいよいよ本題に入ろうとしていた。講師の泊篤志さんは我々を励ますかのように、こう述べた。

 「今の他己紹介ゲームは面白かった。高校生だと、こうはいきません。同じ事をみんなが言い出したりして。人生経験が浅いから仕方ないんですが、経験豊かな皆さんは他人のふりをして自分のことを話していた。芝居も同じだと思います。役になりきる、とか言うけれど、実は役に添って自分を出しているのです」

 心強い言葉だった。一緒に受講していた記者5人の表情も緩んだ。

 泊さんは続けて寸劇のテーマを発表した。セクハラ(性的いやがらせ)の告発だ。飛ぶ劇場の俳優4人も含めた10人は5人2組に分かれ、筋を練った。15分後、2本の寸劇が演じられた。中身は大差がなかった。

 泊さんの指摘が飛ぶ。「なぜ登場人物は全員がセクハラは仕方ないと思っているんでしょうか」。確かにその通り。ドラマは立場や考えの違う者同士の切り結びで生まれるのだ。

 練り直しが始まった。2組とも「セクハラは絶対に許せない」と言う人物を組み込み、かみ合わない言い合い場面を作った。しかし、それだってありがちなパターンだ。

 出来祥寿記者(28)は女性社員にミニスカートをはかせて接待に連れ出そうとする上司と対立する部下を演じた。以下はその感想。「必死で『例のミニ、お願い』と説得する上司に『接待で女性に酌をさせるのは時代遅れ』などと反論するが、演じながらも対決の構図が明確でないことが分かった。『もういい』と上司らが出て行き、女性社員と2人で舞台に取り残される。この先は事前に設定もしておらず、全くのアドリブだ。『どうしよっか』と言う女性に『どうしよう』と応え、結局『そうだ、ミニスカートはいてよ』と言って終わり。何だか気の抜けたビールみたいな終幕だった」

 課題が鮮明になってきた。いや、初めから分かってはいたのだ。そう、台本だ。担当は私だ。こんなことなら北九州演劇祭事務局が毎年続けている戯曲講座を受けておくんだった。【高原克行】

 上演は2002年12月15日午後1時半、小倉北区紺屋町の毎日会館8階、RKB毎日放送北九州スタジオで。無料。

終幕 3幕でせりふが消えた…

 観客は30人以上! 紙上で告知したのだから覚悟はしていたが、最大のプレッシャーだ。15日午後1時半。小倉北区の毎日会館8階で芝居は幕が上がった。たった1度の本番公演。恥も外聞もかなぐり捨てて構想・制作1カ月半の成果を世に問うた。(高原克行)

 題名は「コメディー小倉でござる」。序幕も含め4幕20分。舞台はデスクと記者計5人が勤める架空の「小倉支局」だ。

 ある日、記者が北朝鮮からの脱出者の取材に成功したと興奮気味で帰ってくる。デスクは「本物か?」と信じないが、そこへ脱出者本人が登場。胸に何やら赤いバッジがあって大騒ぎ、というのが1幕。2幕は話が突然カラスに変わる。1本置きに実をついばまれたトウモロコシ畑。なぜ1本置きなのか? 最後の3幕ではカラスの取材に行った記者がカピバラに出くわしたと言って帰局。中南米原産の大型ネズミが、なぜ北九州に?

 強引な展開と唐突なオチ。公演会場でのけいこは1回のみ。そんな無理を重ねた芝居だけに、出演陣はガチガチだった。出来祥寿記者(28)は「観客を見て口はカラカラ、頭も既に真っ白」。松尾雅也記者(34)も「落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせる。気が付けば出番。客席へは目が向けられなかった」。

 それでも1幕は比較的順調だった。「案外せりふが口を突いて出た。ズッコケも決まった。みんなも流れに乗っている感じだった」と出来記者。小倉向子記者(37)も「客席に知人の顔も見えたが、照れることはなかった。オチでお客さんが笑ってくれて、うれしかった」と感激した。

 だが、以降は大変だった。2幕で立石信夫記者(39)との2人芝居を演じた出来記者は「手の震えが止まらなかった」。さらに3幕ではせりふが消えた。「自分のせりふを忘れてしまった。自然に言葉が出てくるまで練習を積まなくては」。小倉記者の述懐だ。出来記者は「何とかつなごうといろいろ口走ったが、覚えていない」。

 やはり無謀な試みだったのか。いや、そうでもなかったようだ。立石記者は積極的に総括した。「本番前日から軽い興奮状態にあるのを感じていた。演じることの面白さを体全体で感じ始めていたのかもしれない。舞台は観客と一体になるところまではいかなかったが、その可能性は感じられた。役者同士はもちろん、観客と共有した時間はとても楽しかった」

 日本語を話せない脱出者を演じた岩井香寿美記者(26)も「韓国語のせりふを、多くの観客は分からない。そこで、言い方と身ぶりを工夫した。自分の仕草がどんな印象を周囲に与えるかを考える機会になった」。安部拓輝記者(24)は「せりふの掛け合い中『あっ、一つ抜けた』。みんなで目を合わせ、ヒンヤリ冷たい空気が流れた。それでもアドリブで切り抜けられた。ほぼぶっつけ本番にしては、よくできたと思いたい」。

 確かに、プロではないのだから楽しめばいいとも言える。だが、観客はどう受け止めたのか。

 原祐子さん(45)と小巻さん(15)の親子は紙面を見て門司区から来て下さった。「演じようとすればするほど『自分』が出てきているようだった」と祐子さん。それでも「喜怒哀楽というテーマも感じられたし、笑える場面もあった」。小巻さんは「内容は分かりやすく、面白かった」と話してくれた。もったいないお言葉である。

 ワークショップに付き合った縁で顔を見せた劇団「飛ぶ劇場」の女優、内山ナオミさん(33)も「演劇を始めたころを思い出した。ワイワイ言いながら楽しくやっていた自分の原点に戻れたようで楽しかった」。なるほど。そして劇団代表にして北九州市民文化奨励賞を14日に受けたばかりの泊篤志さん(34)。

 「新聞社は元々ドラマチックな場所。その再現だから面白かった。せりふが途切れても、間を取ったのか単なるトチリか分からず、サスペンスたっぷり。あっと言う間の20分間でした」。愛情こもったダメ出し、感謝いたします。

 片付けも済んだころ、玉木研二報道部長の声が響いた。「よし、今度はミュージカルで北九州芸術劇場の舞台を飾ろう」

 ドラマシティー北九州の新聞としては、それもありなのかもしれない。(毎日新聞)


オリジナル
第1幕 5人の“猛者”が出演へ
第2幕 課題はやはり台本
終幕 3幕でせりふが消えた…



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