大江戸演芸捜査網
〜楽屋口と客席の間で〜

(37) 2002.06.22 ■ネットり今夜は新作落語


新作落語とパソコン・インターネットとのつながりについて演芸台本作家・稲田和浩さんに語っていただきました。ありがとうございます。(とりばかま)

ネットり今夜は新作落語

稲田 和浩

●新作IT革命

 巷でIT革命うんたらかんたらと騒がれて随分になるが、筆者にはまるで無縁のものであった。
 うちがパソコンを入れたのは五年ほど前だが、雑誌や広告の仕事で原稿をメールで送付するのと、落語会などのチラシの作成に使うくらいで、たいして使ってはいなかった。
 インターネットを駆使して情報を収集するなんてことはまるでやってない。図書館へ行けば済むし、第一、落語や講談や浪曲の情報が早々ネット上に展開しているものでもない。
 インターネットショッピングなど、とんでもない。買い物くらい、物を見て手で触ってから買いたいものだ。株取引なんぞはインターネットじゃなくたって縁がない。ネットで友達や恋人を探すなんぞは、そんなあなたね、どうして会ったこともない相手と親しくなれるのか。
 こんなことを言っていたら、「それは年寄りの考えることだ」と言われた。
 そう言えば、ワープロやFAX、留守番電話は他所よりも早く買った。字がへたくそなのにもの書きなんていう職業に就いてしまった筆者にはワープロは必需品であったが、考えてみるにワープロ等を買ったのは二十代で、当時はまだ新しいものにも素直に解け込めたということか。
 今年になって、ある仕事先で使っているソフトがうちのパソコンで対応出来ず、対応出来るメーカーのパソコンを入れてくれと言われ、先月とうとう新しいパソコンを買うことになった。ついでに電話回線のプロパイダから、ケーブルテレビのプロパイダに変えた。

 驚いた。まず五年の歳月でのパソコンの進歩。ワープロソフトははるかに使いやすいは(文字が豊富で、変換がらくちん)、画像は綺麗だは、おまけに前のパソコンよりスリムで場所をとらない。値段も安かった。さらにはケーブルテレビのインターネットの接続が早い早い。基本料金だけで電話代もかからない、二四時間つなぎっぱなしもOK(って、そんなにつないでないが)。
 で、何してるのかっていうと、結局たいして使う用はない。株もショッピングも恋人探しも無縁なことには変わりない。
 落語家や講釈師、浪曲師のホームページが随分ある。寄席のホームページもあるし、番組の情報を知るには確かに便利だ。
 とりあえず自分がネット上でどの程度知られているか、「稲田和浩」を検索してみる。検索システムにより異なるが、だいたい十件ちょっとある。ネット上で対談している円丈師のホームページや、あとは個人のホームページの見たり聞いたり紀行なんかに出ていた。酷いのなんか「木馬亭でアイスクリームを売ってた」なんて書いてありやんの。
 知ってる人を検索してみる。芸人はいっぱい出てる。ぜんぜん出てない人もいる。川柳川柳のホームページがあったのは驚いた。大野桂で検索したら、どっかのダムのホームページに河童の論文が引用されていた。
 結局ただの暇つぶしにしか使ってねえじゃないか。

 しかし考えるに、多くの人がネット上で、メールやらチャットやらパソコンのキーを叩いている。最近の人は手紙を書かなくなったというが、メールで十分なのである。むしろメールのほうが、形式にとらわれず端的な言葉で自分の意思を綴ることが出来る。
 ホームページで日記や見聞記、私小説を公開している人も多い。これからの人たちは結構文章がうまくなってゆくのではないか。IT革命も捨てたものではないかもしれない。(民族芸能422、新作よもやま話/平成13年8月)

なんていう文章を書いたのは一年ほど前のことだ。今回のテーマが「現代のメディア・インターネットと新作落語のかかわり」ということで、私におけるインターネットと落語のかかわり、ということでいうなら、だいたい現況はこんなところだろう。

●新作落語を作る上での情報収集

 そう言えば、情報収集という点では、このところ随分インターネットを利用している。図書館は月曜日が休みだが、ネットは年中無休である。夜中もやってる。その点は便利だ。牛丼屋と同じくらい便利だな。
 確かに演芸と限定すれば、いわゆる専門的な資料を求めるのは難しいのかもしれないが、幅広い知識やものごとの確認には役立つ。
 新作落語を作る上では、題材とする事柄のディテールは不可欠である。具体的にそれをどう動かしてゆくかの前段階では、題材のディテールをより広く知っておく必要がある。そういった情報収集にはインターネットを用いることはままある。講談、浪曲の場合でも、歴史上の人物、事件の沿革を知るということでは、ネットはなかなかの優れものといえよう。

●ホームページ天国

 芸人さんのホームページはホント多い。
 まぁ、うちのホームページがあるくらいだから、別に驚くことでもなかろう。
 基本的にはどの芸人さんも、自分の会の宣伝、その他、活動情報、スケジュールなどが掲載されている。日記なんかを公開してる人も多い。まめな芸人さんって案外いるもんだ。
 中には、こんなスケジュールで生活していけるの? という人もいたりする。
 他人のことは言えないが。
 で、会の宣伝効果はどのくらいあるのだろうか、というのが重要なところか。
 人それぞれなんだろう。ホームページそのものを、まめに更新している人もいれば、管理者任せで放ったらかしの人もいる。いまだに去年の夏のスケジュール載せてる人もいるもんなーっ。

 うちの場合で言えば、去年の秋頃から、ネットで会の予約をしてくれるお客さんが何人かづつ増えている。窓口は多いほうがいい。
 ネットをたまたま見たで観客動員につながることは少ないまでも、「あー、ホームページあるんだ、こんど見るよ」「よろしくね、会の情報も載ってるから」なんていう会話とインターネットの相乗効果はかなりあると言えよう。インターネット、プラス口こみが、演芸におけるネット利用の現状なんだろうな。まだまだ。

●ネタ帳公開と台本公開

 芸人さんの中には(とくに落語家)、寄席などで演じたネタ帳を公開している人がいたりする。これはファンとしては凄く楽しいね。
 今の時代、毎日寄席へ行くって人はいないから。あー、寄席のこの出番ではこんなネタやってるんだ、というのを見て楽しむことが出来る。

 新作落語の台本公開している人はあまりいないけど、前に誰かのを見たことがあるな。一つの商品見本と考えるならありか。こんなネタこしらえてます、みたいな。その人の意図がどこにあったのか、今となっては知る由もないが、基本的に台本は内部資料なので無料公開するのは好ましいことではないように思うのだが…。もしかしたら閲覧者に添削希望だったりして。

●パソコンと新作落語

 新作落語にはじめてパソコンを用いたのは、三遊亭円丈師だ。
 それも80年代の半ば。世間の人が、一応パソコンがどういうものか知ってるけど仕事でしか使ったことない(パソコンというものがあるということは知ってますが、まだ食べたことない)という時代。
 円丈師は寄席の高座にパソコンを設置して、パソコンに落語をやらせていた。私の記憶するところでは、その日の高座ではお客さんから題をもらって、パソコンに謎掛けやらせてた。ようするに、事前にこういう題ならこういう答えみたいなのを打ち込んでおいてるわけなんだろうが、五六題もらって、いい答えは一つ。あとはエラーばかり。
 「手間が掛かるわりには受けなかった」と円丈師自身も言ってた。
 今だったら他のやり方もあるかもしれないが、皆がパソコンを知ってる今日では、そうそう馬鹿馬鹿しいことも出来まい。ネットで情報を求めて、その場で噺を作るとか。小道具の範疇としてなら使い道はかなりありそうな気はする。

●素人の書き込み

 あと何書けばいいですかね。
 素人さんの書き込み…。
 これも個人差があるけど、芸人さんとかでアンケート読むの嫌いな人とかいる。そういう方は掲示板等への書き込みも読まないほうがいい。
 ただまぁ、落語というのは(落語に限らずなんでもそうだが)、受け手がどう思ったが、広く知っておくことは歓迎なのです。感動(怒りでもいいや)を誰かに(不特定の)伝えたいと思ったお客さんの気持ちは大事にしていいんじゃないか。
 ネタばらしや、「ここだけの話」のばらしも、そりゃね、悪意でやる人もいるんだ。それはどこの世界でもいるんだから。静かに無視してていいでしょう。確かにネットは悪意が手軽に出来る(しかも匿名で)というのがある。一般論になっちゃうけど、あとは受け手の感性の問題で、悪意かそうじゃないかをきちんと選択出来る能力を持つことも、ネット時代を生きる、まぁ、一つの心得みたいなものなんじゃないか。

●可能性たっぷり

 落語とか伝統芸能とインターネットというと隔たりを逆に笑うみたいなところがあるでしょう。ようするに、まだまだということ。でもね、ぼちぼちそうでもなくなってきている。
 一般の人でもっと伝統芸能を知りたいという人はいるわけで、そうした窓口は作っておくべきでしょう。
 動画とか音声とかも、時代の流れで当たり前のものになりつつある。柔軟に対応出来る気持ちだけは、持っているべきなんでしょうね。



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