(24) 2002.03.10 ■漢方ときかん坊(2)
漢方ときかん坊 〜その2〜
「インターネット以前(1)・パソコンを買った 」
桂 歌助
前座修業が終わった平成2年にパソコンを導入しました。当時はウインドウズはまだなく、MS/DOSマシンかマッキントッシュでした。学校はIBMの端末をいじってましたが、パソコンはNEC製が全盛で、大学の友達の大部分はそれを使っていました。
二ツ目になりたてはご贔屓がいません。いても先輩の師匠方のお客様でして、私個人のお客様などまったくいません。大学時代の友人を頼りますが、海外出張をしていたり、メーカーに勤めている人間もハイテクの会話でまるっきり住む世界が違います。 前座修業の毎日自由がない四年間のブランクは大きかったです。会社勤めをしている連中とは会話が合わず、落語など興味をもつ人間も少なく、こちらもお金がなく、大学の友達はあまりあてになりませんでした。かたや食うや食わずの二ツ目地獄、かたやボーナスがどんともらえる一流会社の社員では興味の対象が違うのは当たり前です。ただ、好きで入った商売ですから、落語家である自分に引け目は感じませんでした。せっかくお硬い大学を出たんだから将来同級生が会社で偉くになった時には仕事をいただけるのを期待して、自分の活動を知ってもらおうと「歌助新聞」を発行することを思いつきました。
パソコンは最初、NEC製を買おうと考えましたが「MACが簡単だよ」と友達に勧められてそちらを買うことにしました。難しいコマンドを覚えなくても、マウスで矢印を持っていって、クリックするだけで動いてくれるマシンに驚きました。ただ、周辺機器とソフトを含めて、100万円を越える金額。もちろんローン。貧乏落語家ではローンを組めませんから親に泣きついて、保証人になってもらい、ようやく手に入れました。
今は20万も出せば相当いい物が手に入りますが、その頃のパソコン、特にマックは高く、能力も今のとは比べようもないぐらい遅いものでした。そのローンが払い終わらないうちに次のを買わないといけなくなりました。
パソコンが道具として使えるか、家の置物として終わるかは、二つの乗り越えないといけない壁があると思います。
一つはキーボードの壁。もう一つは使い始めはちょっとした事でも行き詰まります。その時に夜中でも気軽に電話で聞けたり、来てくれる人がいるかどうかです。私は、キーを打つ事は大学時代に慣れていましたし、親切に教えてくれる友達とこまめに来てメインテナンスしてくれたサービスマンのお陰で乗り越えられました。
パソコンを使って四つのことをやり続けました。
1、住所録
2、「歌助新聞」発行
3、落語のネタの原稿作り
4、落語会のチラシ作成
落語の勉強会は二ツ目になりたての時に、お世話にして下さる方がいて、東横線の菊名駅の「文七茶屋」という居酒屋で毎月の会を始めました。「文七茶屋縁起寄席」。こちらのお客様はお店が呼んでくれ、自分で考えなくてもいい。落語だけ勉強して発表するというありがたい会でした。その後、半年して住んでいる近所の自治会館を借りて始めました。「えのき寄席」。こちらは自分でプロデュースする会で、チラシから、会場のセッテングからお客様に案内を出すのも全部やると言う苦労が多い会でした。でも、この二つの会をやり始めて大勢のお客様と知り合い応援を頂いて、それは今でも続いています。来て下さったお客様の住所を伺い、毎回案内を送って来てもらうようにつとめました。
落語家の財産は落語のネタとお客様の二つ。この二つを二つの落語会でこつこつと増やしていきました。会を続けた中で、色々な出会いがありました。女房との出会い。旅人倶楽部の方々との出会いから東海道の宿場寄席と発展しました。so‐netの方との出会い。地元の新聞や区の「町の先生」として登録され、横浜市の港南区、磯子区等の行事に多く呼ばれるようになりました。
お客様を増やしていくのにパソコンは本当に重要な道具です。長く使っているとだんだんとパソコンが私の手になじんできて、身体の一部のような気になってきます。あるいは恋人のような物です。関係が良い時ばかりではありません。よくフリーズしました。言う事を聞いてくれずに「馬鹿野郎」とどなると、機嫌を損ねて立ち上がらなくなったり。そんな時は「ごめん、さっきは言い過ぎたから謝る。だから機嫌を直してちょうだいよ」。はたから見たら気が違ったと思われそうですが、そんな関係です。なくてはならない存在になりました。
もう一つパソコンと向かい合う時間を長くしてくれたのがパソコン通信です。平成2年に買って翌年にはパソコン通信をやりました。これによって飛躍的に知り合いが増えていきました。
つづく
おことわり:こちらでのエッセイは、加筆・訂正の上、歌助師匠が個人的に発刊されているメールマガジン「歌助だより・中日(なかび、と読みます/とりばかま・注)のご祝儀」でも同時に配信されています。
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