ひみ公 | 御隠居、御隠居、志忠屋の御隠居大変だんねん。
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志 | どなんしたんや、息せき切って、汗だくや無いか、まあ汗拭いて、こっちお上がり。 |
ひみ公 | へえ、ありがとさんで。(どっこいしょ) わてな、わてな帳場が回ってきたんです。なかなか書けいで、困っとるは、次の帳場はまだ決まっとらんわで、なんとしても、今日中に書いて、講元さんとこへ送らんならんし、次にお渡しする帳場、誰ぞに決めんならんのです。で、『御隠居どない?』 |
志 | どないと言われても、何のこっちゃら、さっぱり判らんがな。まあこれでも呑んで、汗を沈めて、物事順序だてておはなし。 |
ひみ公 | へえ、まあ、御馳走になります、なんですか冷や酒ですか?すーとし
ますな。 |
志 | 『やないかけ』じゃ、今朝仕込んで、裏の井戸で冷やしといたのじゃが、ええ塩梅に出来たので、今呑み始めかと思った所に、おまいさんがころこんできてな、何も無くては寂しかろう、『奥や』・・・ |
ひみ公 | 待っとくれやす、待っとくれやす御隠居。わて、急いてまんねん、今日中に帳場書かんなりませんねん。『鞍馬から、牛若丸がいでまして、名も九郎判官』『義経義経』『弁慶』そんなあおな。落語のネタ繰ってる場合や無いんです。せいとるんだす。 |
志 | そうか、アカンか。『して子細は』 |
ひみ公 | (これこれこれの、このとうり) |
志 | ふむ、ふむ、ほうかいな、観劇連の観談講の帳場かな。講元はんへ、今日中に帳面送って、次のお方に帳場を回さんとあかんのやて。次の人は、『断り切れないお人よしに泣きつきましょう』て、それが、わしかいな? というても、先だって、落語の独演会に行ったくらいで、このところ、あまり芝居は観んようになってなー。 |
ひみ公 | どちらに行かれたんですか? |
志 | 桜橋から、西へ、出入り橋の方に向ったとこにある産経の小屋や。 |
ひみ公 | 出入り橋ちゅうたら、キンツバ屋のとこですか? |
志 | あのキンツバは、なかなかのもんやな。けどあそこまではいかいでええ。 |
ひみ公 | はあはあ、あのよう大きな落語会やってはる小屋ですか? |
志 | そやなー。今では、産経の小屋に芝居が掛かることもあんまり聴かへんなー。 |
ひみ公 | え、あの小屋で芝居が掛かったんですか? |
志 | 私らが若い頃は、ええお芝居掛かってたんやで。今では、自前で小屋作って興行打ってはる浅利はんも、昔は、大坂での興行打つ時は、産経の小屋つこうてはったな。六十八年やったかいな九年やったかいな、、芸術祭の賞取りはった、浅利はんとこのハムレット、今、蜷川はんとこに行ってはる、平幹さんがでてはったハムレットやけど、大坂では、産経の小屋で掛かったんやで。 |
ひみ公 | 御隠居も観られたんですか? |
志 | 思い出深い芝居じゃったな。 |
ひみ公 | なんぞおましたんで。 |
志 | 今でも思い出すが、墓場の場があって、暗転の後、前の場のしゃれこうべが残ってたんじゃ。『あ、忘れよった、どないするのかなー(ワクワク、ワクワク)』と思っておったら、上から出てきた平幹はん、さり気なく掴むと、ぽーんと下の袖に投げ込みはった。『芝居って、いいなー』『生って、良いなー』と思ったな。その後の、チャンバラの場でも、短刀が弾かれて、客席迄飛んできたなー。昔の思い出じゃ。ふぉふぉふぉ。 |
ひみ公 | ふぉふぉふぉって、御隠居、バルタン星人ですかいな?(ぼそぼそ)
で他には、どないな芝居が掛かってたんですか? |
志 | 越路吹雪さんのコンサートも、産経の小屋やったし、木の実ナナさんと、細川はんの歌舞芝居『しょうがーる』ちゅうたかいな、あれも、大坂では産経の小屋でやっとったんやで。 |
ひみ公 | へー、色々やってたんですねー。それが今は、米朝一門の独演会の会場ですか。 |
志 | まあ、大坂も、芝居小屋が増えたでな。 |
ひみ公 | 昔は、小屋がすくのかったんですか? |
志 | あんまりなかったなー。島之内の教会で、芝居やったりもしてたしなー。つかさんとこの芝居も、昔は島之内の教会でしたんやで。今は無くなったけど、文楽の小屋やった朝日座で、洋物芝居で外国から来はった『ろっきーほらーしょう』なぞも興行打ちはったなー。 |
ひみ公 | 外国から芝居しに来はったんですか? で、朝日座て、どこにあったんですか? |
志 | 道頓堀の東詰めにあったな。堺筋の手前でな。 |
ひみ公 | 今駐車場の空き地のとこだっか?あんなとこにあったんですか?中座も囲いが出来て、さみしなりましたなー。 |
志 | 浪速座、角座、松竹座で、道頓堀の芝居の五座ちゅうたんや。 |
ひみ公 | そやったんですか。 あああかん、ユックリしてられませんね、私まだ、私の帳面出来てませんねん。取合えず、御隠居、次の帳場お願い致します。ほな、さいならー。 |
志 | まあ、待ちいな。おまはんの頼みやから、聴かいでは無いがな。それはええが、と言うことは、私も次を誰ぞにお願いせんとアカンのやな。私の次はてーと、てーと、てーと、TETOさんかえ。ふむ、それがええな。ひみ公すまんが、今のここでの話、帳面にして、私の分やて、講元さんに送っておくれでないか、して、町内の方、ちょっとTETOさんとこに寄ってもうて、次の帳場預けておくれで無いか。TETOさんには、後で私の方から文しとくで。おまはんの頼みを聴くで、このくらいの、わしの頼みもエエじゃろう。ほなよろしゅうに。 |
ひみ公 | 御隠居、私の帳場は? |
志 | まあ、おきばりやす。『今日迄やて、そら急がんと、』ではよろしゅうに。
『奥や、鮎を焼いてでおくれ。』
『何、生きが良かったので、背ごしにしました。』
それは、じょうじょう。
ひみ公も、一杯いくかえ?あ、急いとりやしたな、それは残念。
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ひみ公 | (残ったお酒を、ぐっと呑み干し)頼んだ相手が悪いのか、御隠居、伊達に歳は食うとりませんなー。へい、引き受けて頂いて、有難うございました。何の因果か、この星回り。泣いて、泣いてたまるか!
♪♪. 空が泣いたら、雨が降る。
山が泣いたら、水が出る。
俺が泣いても、なんにもならぬ。 |
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