ドイツ北東の街ベルリンで6週間のリハーサルを終え、BIENNALE BONN演劇祭が開催されるボンにやって来た。
早速ライン川の畔にある、今回の演劇祭のメイン会場へ行ってみた。そこはTHEATER BONNという劇場で、建物内部にはステージはもちろん、大小のリハーサルスタジオ、カフェテリヤ、各裏方の部屋、オフィスなどがある立派なステートオペラシアターだ。そこで私が最も驚いたことは、舞台とまったく同じ造りのリハーサルスタジオがあったことだった。ステージの大きさは舞台と同じサイズで、ステージウィングも、ステージライトとステージレフトがまったく同じように造られている。そんなスタジオが劇場の中にあるとはNYでは考えられないことだ。むしろNYではリハーサルスタジオの確保にどこの劇団も苦労している。ある意味でそれがNYでは当たり前のような感覚がある、、。
そこから私はライン川の対岸にある、THEATER BONNの総合コンプレックスのような場所に行った。ヤンキースタジアムが二つか三つ入りそうなその敷地内には、劇場スペースが5箇所とそれに隣接して作業スペースがある。それと大道具、小道具とその作業場、衣装と衣装制作の部屋、床山とかつらの制作部、照明とその作業場、それに各オフィスにカフェテリアと休憩所。とにかく舞台制作の為のすべてがこの敷地内には完璧に設備されている。しかし私がここでこれ以上に自分の眼を一瞬疑ったのは、外のだだっ広い敷地にTHEATER BONNのロゴがペイントされたコンテナーが10台以上も並べられていたことだった。THEATER BONN制作のプロダクション。シアター、オペラ、バレエ、オーケストラのセット、衣装、大道具、小道具、照明、かつら、マスクにメイクなどすべてがこの場所で制作され保管され、そして巡業のための準備積み込みなどもこの敷地内で行われるということだ。そしてそのための人達がTHEATER BONNの社員として雇用されている。その数だけでも何百人もの演劇人がここステートシアターで仕事をしているのだ。そして彼らにとってステートシアターのエンプロイーになるということは、ある意味ではドイツの演劇関係者の目標かつステイタスでもあるらしい。
この完璧と言っていいくらいに恵まれた演劇環境に、私は羨ましいと感じても、ここに住んで仕事をしてみたいとは思わなかった。私には競争の激しいNYの方が今はまだ向いているようだ。
今回この演劇祭のテーマはNEW YORK。NYの最前線でクリエイティブな演劇を創造している劇団The Wooster Group、The Builders Association、Siti Company、Big Dance Theater、The New York Theater Workshop、The Classical Theatre of Harlem、 New York City Playersなどがこの演劇祭に招待された。Post Theaterも今はベルリンに本拠地を移したが、もともとNYで旗揚げしたのでこの演劇祭に招待された。商業演劇でもブロードウェイでもない、アーティスティックな演劇を創っているNYのグループが一斉にこの小さな街ボンに集まった。ボンの街はBIENNALE BONN演劇祭一色に染まり、演劇を生活の一部として普通にボンの人達は受け入れていた。
BONNでの公演も無事成功に終りNYに戻ってすぐ次の舞台の準備を始めた。私は役者人生で始めて歌舞伎の舞台に立つことになった。平成中村座NY公演「夏祭浪花鑑」で祭り人とNYPDの役を演じた。もちろん台詞なんかは無いその他大勢。しかし日本の古典演劇を演じるので私には新たに習うことばかりだった。ふんどしの締め方、さらしの巻き方、祭りのときの浴衣の着方に手ぬぐいの喧嘩巻きなどなど。おもに西洋の演劇をやってきた私にはとても新鮮に感じた。昨年私は歌舞伎の研修で日本に行ったので、歌舞伎界のことは少しは理解していたが、やはり今回その中で一緒に仕事をするとなると、もっとその世界の中味しきたりの違いまで見ることができた。親方とお弟子さんの関係、世襲制度、演技方に演出の仕方の違い。型から入る演技法の歌舞伎役者に、感情から入る西洋的な演劇法の演出をする監督を見ていて、なかなか感情移入できず始めはぎこちなさそうに演じる役者。若いお弟子さんの中には歌舞伎役者をブランドという見方をしている人もいるようだ。しかしお弟子さん達のあの大変さには、驚きとただただ頭の下がる思いがした。私には到底できないことでだ。
五日間の稽古と九日間15回公演の2週間はあっという間に終わってしまった。楽日の二日後、私はテントが建てられてあった公園に行ってみた。しかしそこには赤く錆びたクレーンがぽつんとあっただけだった。テントの解体に使われたのだろう。
NYで歌舞伎の仕事が終わってその2週間後、私はボンでやった「HEAVENLY BENTO」をベルリンで公演するため再度ベルリンへ飛んだ。この芝居のストーリーは戦後の日本で、二人の日本人エンジニアが電気会社を起こし世界を制覇するという、実在する人物の物語。今回は稽古4日と6回公演の10日間の滞在だったので、前回の6週間とは違い気持ちもぜんぜん楽だった。そして8月下旬に私はNYに帰ってきた。
この夏私はNEW YORK、BERLIN、BONNで 真夏の夢を経験することができた。これもすべて演劇のおかげだ。ほとんどの夢は目覚めてからすぐに忘れてしまうが、この夢は一生忘れることのない夢の一つになった。
(つづく)
