7年振りに日本語で芝居をやった。私がNYで初めて日本語で演じた芝居は、当時NY在住の女性が書いたコメディータッチの物語で、日本語での演技に私はただただ一生懸命だったという記憶しかありません。そのころNYで日本語の芝居をやるということはほとんどなかったので、色々な意見があったのは確かです。それと1年ほど前に今売れている日本人作家の戯曲を、日本語でステージリーディングをやりましたが、プロダクションとしての日本語の舞台は7年振りになります。
最近New Yorkでも日本人が中心になって活動する劇団が目に付きます。日本の戯曲を原語や英訳でやったり、外国の芝居を英語でやったり、翻訳物を日本語で演じたり、またはオリジナルなどさまざまです。それとここ数年、日本から演劇の勉強にやってくる若者が増えたのも確かです。NYにも日本人演劇人が増えてきたと言えるでしょう。しかし日本語での芝居の場合は、どうしても日本人か日本語が理解できるオーディアンスにかぎられていました。しかし今回私が出演したプロダクションはその枠を越えていました。
私がこの仕事を引き受けた理由は、このプロダクションには2つのチャレンジがあったからです。一つはサブタイトル(字幕:編集部注)が付くと言う事。今回私がやった芝居は、原作の日本語で演じ英語のサブタイトルが付くという、オフオフの小屋にしては画期的な試みだったといえるでしょう。私が知る限りでは、オペラには英訳の歌詞がでますが、演劇では、およそ海外から来た限られた舞台でしかサブタイトルを付けての公演はなかったと思います。NYでがんばっている日本人演劇人が、60人しか収容できない小屋でサブタイトルを付けるという、今まで例のないチャレンジ精神に私はとても興味を覚えました。そしてその試みによって、日本の戯曲をもっと多くのNew York人に観てもらうことができたことは、日本の演劇をより深く理解してもらえるきっかけになったのではないかと思います。
もう一つのチャレンジは、私の演じる役の台詞がべらぼうに多いということです。それもただ台詞が多いだけではなく、ひとり延々と20分以上(台本20ページ)もしゃべり続けるのです。もちろん相手がいてのことで、モノローグでもないのです。一人芝居でもないかぎり20分以上もしゃべり続ける役なんてそう滅多に演じることはないでしょう。これはある意味で私自身役者としてのチャレンジだと思いました。
NYにいてなぜわざわざ日本語で芝居をやるの?という意見をお持ちの方もいるでしょう。日本語で芝居をやるのなら日本でやればいいのにと思う方もいるでしょう。
今回島田雅彦氏が書いた「LUNA」という戯曲の中の占い師の役を演じた私は、その本を読んだ時とてもおもしろい戯曲だと感じました。しかしこれを芝居として創るのはそうとう大変な仕事だとも思いました。本が良く書けていておもしろい作品ほど芝居にするには意外と難しいのかも?しかし私は思いました。この芝居は、原語で演じることによって作家の意図とするもの、サブテキストがより的確にかつ印象的にオーディアンスに伝わるのではないかと。そして私が思ったとおり英語圏のオーディアンスには原語で演じて正解でした。
私は今回日本人が書いた戯曲を、書かれた原語の日本語で演じてみて、自分が英語以外にも日本語というMOTHER TONGUE を持っているという貴重なことに改めて気づかされたように思いました。
(つづく)