2003年の前半期の締めくくりに、カリブ海の小島St. JohnへVacationに行った。Starving Artist―以前は貧乏役者という言い方をしていた―がなぜVacationにカリブ海と思われるでしょう。しかしNew Yorkからカリブ海はとても手軽に行けるリゾートエリアで―とくにアメリカ人はカリブ海がお気に入り―私の場合は交通費が今流行のマイレージが貯まりタダ、ホテルも知人の口添えで破格な値段で確保できStaving Artistの私でもカリブ海に行くことが可能になったわけです。
St. John島は西インド諸島のU.S. Virgin Islandsに属するアメリカ領土で、St. Thomas、St. Croix、St. Johnの三島からなり、そのなかで一番小さい島がSt. John島。島の全長がわずか9miles(5.6km)、最高峰のBordeaux Mountainも1300ft(430m)たらずのカリブ海と大西洋に囲まれた、ほとんど自然のままを保った島に10日間行ってきました。島の歴史を見ると、もともとは原住民のインディアンが住んでいたが、コロンブスが島を発見してからヨーロッパ人が流れ込んで来る。その後奴隷としてアフリカ人が島に連れてこられるが、1733年に反乱が起こり島を治めていたデンマーク人は奴隷を開放、1917年にデンマークが$25ミリオンでアメリカに売った。私は到着後すぐに、この島はアメリカ人が治めていると直感した。
昔というか今もそうかもしれないが、海外で見かける日本人観光客は―アメリカでもテレビのバラエティー番組のコントなどでよく見るが―ズボンにポロシャツ首からカメラを提げるといった服装で、アメリカ人のなかにあるステレオタイプな日本人を演じているのをよく見る。また同じようなことを日本のテレビなんかでもやっていて、同じ日本人で馬鹿にしたようなコメントなんかも聞いた覚えがある。私がこのSt. John島に来てすぐにここはアメリカだと感じたのも、そのような潜在意識からくるステレオタイプのあらわれかもしれない。私の潜在意識の中のステレオタイプ的アメリカ人観光客の格好は、それなりのスタイルというかパターンがあると思っていた。男性のほとんどが膝くらいまでのズボンにボタンダウンの半袖シャツかTシャツ。そして腰には小物を入れるバッグ。大抵が肥満系に属する。女性はタイトな今風のパンツにタンクトップかブラウス。スタイルもなかなかなもので、どう見ても私には不釣合なカップルにしか思えない。St. John島に来ている30代から40代の働き盛りのアメリカ人のほとんどがこのパターン。今はまだ体重制限ぎりぎりの線でも、数年後のオーバーウエイトの兆候ははっきりしている。その上場所をわきまえず何処でもわがもの顔の態度はアメリカ人特有なのか?
私はSt. John島でそんなアメリカ人をよく目にした。私は決してそのようなアメリカ人を批判しているのではありません。ただどこの国でも、その国を象徴する国民のスタイルみたいのものがあるのだなぁ〜と思うのです。そして私はそんなアメリカ人たちであふれたSt. John島で、ある二組のアメリカ人カップルに出会った。
心臓の持病を持つ奥さんを2001年9月11日の同時多発テロから数日後に亡くして、今年再婚した57歳のボストンから来た男性。相手の女性は―多分50ン歳くらいと思うが―教師をリタイアしての初婚。人生半世紀を生きたアメリカ人の新婚さん。南の小島で50ン歳の新婦が、とっかえひっかえ試着してくる島のアーティストデザインの服を彼に見てもらっている。そんなファッションショーのあいだ、彼は初めの奥さんが亡くなってから再婚するまでのいきさつを、旅先で出会った私達にとても幸せそうに話してくれた。そして亡くなった奥さんが最後にそのご主人に「自分が死んだあとは誰かと再婚してくれ」と言われたそうだ。亡くなられた奥さんは、自分がこの世からいなくなった後も彼のことを気にかけていたのだろう。
St. John島最後の日の午後、カフェBEACH BARでサンセットを眺めながら飲んでいたとき、三人組みのステレオタイプな酔っ払いアメリカ人が突然そのバーに現れた。そしてその三人組は私達のすぐ横のカウンターに来て大声でしゃべっりだした。するとその中の腹回りが2メートルくらいありそうな男性が、私の連れ合いの方を見て「とてもそのサングラスがお似合いです」と言って話しかけてきた。それは60年代風の白いフレームのサングラスで、私が選んで連れ合いに買ってあげた物だった。私は嫌な酔っ払いだなぁと思いながらも、三人組が話し掛けてくるのを愛想よくかわしながらサンセットを眺めていた。
そのうちにその腹回りが2メートルの男性がしきりに私に向かってお辞儀をしだした。向こうがするので自然と日本人の私も彼に向かってお辞儀をした。するとまた彼がお辞儀をする。そして私もまたお辞儀をする。そのうち何度もお辞儀をやり合っているうちに気がついた事があった。彼のするお辞儀はよくアメリカ人が真似てするようなお辞儀ではなく、私達日本人のするお辞儀とまったく同じものだった。ぜんぜん不自然ではなかったのです。後でわかったことだが、彼はビジネス上日本人との関わりがとても多いこと。それと東洋、特に日本の伝統にとても興味があること。「お辞儀をすることは素晴らしい伝統だ」と言って私達にしきりにお辞儀をしてきたのだった。その腹回り2メートルの彼も前の奥さんを亡くされたそうだ。そして今は26歳の細身のすてきな女性と再婚していた。その彼の奥さん―名前はエイプリル―がすぐ後からにやって来て酔ったかれの世話を焼いていた。これも後でわかったことだが、突然やって来た三人組の彼らはほんの数分前に会ったばかりらしく、三人とも名前がポール!?で意気投合してBEACH BARにやってきたらしい。そしてなんとBEACH BARのバーテンダーの彼女の名前もエイプリル!結局腹回り2メートルの彼は私達の飲み代を払ってくれた。
私がこのSt. John島で会った二人のステレオタイプのアメリカ人は、どちらもはじめの奥さんを亡くし再婚でこの島にやって来ていた。そしてどちらもよく見かけるアメリカ人観光客の格好をしていた。そして私達にとても好意を示してくれた素直なアメリカ人だった。
旅先での出会いは人の心を大きく広げてくれるのだろう!!!
(つづく)