2002.06.28
NYの日本人俳優(9)

大失敗

 所属していた劇団がこの6月15日の最後の公演をもって解散した。ただ劇場と劇団名は存続する。劇団員を解雇したまでの事で、もし新たなプロダクションを始めるときには、またオーディションをするらしい。その最後のプロダクションで私は役者人生貴重な経験をした。舞台の最中にセリフをまったく忘れてしまったのだ。

 その場面は私のモノローグだけで、他に3人の役者が舞台上にはいるが、彼等は私のモノローグをじっと聞いているという設定なのでそのシーンを飛ばして次にいくことはまず不可能。完璧に頭の中が真っ白になった。いくら考えてもセリフは出てこない。アドリブしようにも言葉が英語じぁなかなかそう簡単にアドリブも考えつかない。時間はどんどん過ぎていくし「これは間違いなく客に感づかれたな」と思った。もちろん他の役者達は私がセリフを忘れたことにすぐに気づき、なんとか助け舟を出そうとするが場面が場面だけにどうにも助けようが無い。とにかく私はキャラクターから抜けないようにとその場に仁王立ちした。そして顔をゆっくりと右から左に回転させてぎゅと客の方を睨んだ。

 「でもセリフは戻ってこない」。

 それから私はステージを上手から下手にゆっくりと歩いた。歩きながら「何とかしなければ」と頭の中はもうパニクッた戦場と化していた。時間にしてどのくらい沈黙のシーンが続いたかは定かではないが、いくら時間がかかろうが兎に角何か言わなければと思い、舞台をゆっくりと徘徊しながら頭の中で忘れた部分のセリフを思いだし、単語をつなぎ合わせて必死にセンテンスを組み立てている自分がいた。「どうにかして場面に戻らなければ」という思いでセリフを探しまくっていたのだ。しかし沈黙の時間はただ静かにその場面を流れて行った。

 芝居の後、その場にいた一人の役者が言っていたが、私がその場で客に向かって「すいません、セリフ忘れました」と言って出て行くと思ったそうだ。そのくらい沈黙の時間は長かったのだ。

 そうしているうちに客席からクスッとか、フフッとか言う声が聞こえてきた。私は何んだと思いその声の方に目を向けると、今度はゲラゲラと大きな笑い声がした。なぜか客達が笑いはじめてきたのだった。たぶん私のキャラクターが超いっちゃった役なので、そのキャラクターが突然黙り込んでしまったのがおかしかったのだろうか。そしてその笑い声の中に聞き覚えのある声があった。ドイツ人の親友ダニエルだった。低音の深みのあるいかにもジャーマンを象徴するような声なのですぐに彼だとわかった。「なんだダニエルが来てるな」と思った瞬間、忘れていたセリフが嘘のようにに蘇ってきた。そして私はようやく芝居を再開する事ができ、その場面のクライマックスのプロレスのシーンまでやっとの思いで終わらせることができた。

 後で考えれば、あぁこうすればよかったとか、アドリブを日本語で言えばよかったとか色々思ったがすべては後の祭り。ただ演劇学校やアクティングクラスなんかでは体験できない貴重な経験ができた。

(つづく)


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