週刊FSTAGE
リレーエッセイ「私とFSTAGE」
番外エッセイ03
「アタシがシビレたこのセリフ」
はち 12.06.1999


93年春。シアターX、タキシード姿の池田成志がこんな台詞を吐いていました。

「・・・私にとっては絶望の日々の始まりとなります。・・・寂しくなります。あなたはこの捜査室の花でしたから。そして私のたったひとりの心のやすらぎでしたから。」

木村伝兵衛部長刑事を愛し、部下として、そして愛人として彼に献身的に仕えてきた水野婦警(平栗あつみ)が、「長すぎた春」にピリオドを打ち、故郷で他の男との結婚式を挙げるために去って行こうとしているのでした。

木村伝兵衛は自己愛が強く幼稚。本当に嫌なヤツでした。突然攻撃的になり、人の気持ちを踏みつけにするような言葉を吐く。反撃されれば開き直る。かと思えば、弱さをさらけ出して甘える。

芝居を見ながら、アタシは伝兵衛にかなり本気で腹を立てていました。「ちょーむかついて」いました。必殺仕置人に成敗してもらいたいと思っていました。

今さら水野婦警への優しい言葉を聞かされても、今までもこうやってずっと彼女を引き止めていたのではないかと思うばかりで、それにまた腹が立ちました。

しかし、水野婦警が彼のもとを去る決意は固いもののように思われました。そうです、それで良いのです。貴女はそうするべきなのです。ワタシは伝兵衛の次の言葉を待ちました。で、次の台詞です。

「・・・例えば冷たい雨に煙る六月、例えば落葉舞う秋、その寂しさにふと窓を開け、あなたのことを思い出すこともあるでしょう。一人でいる寂しさにたまらなくなることもあるでしょう。その時は、たとえあなたがご結婚なさっていらっしゃろうとも、たとえあなたが幸せな日々を過ごしていらっしゃろうとも、いつでも呼びつけて抱きますから、そのつもりで。」

シビレました。格好良い、と思いました。格好良いから許す、と思いました。

伝兵衛に感じた不快さのワケの少なくとも半分は、ワタシのココロの中の弱さや痛みを目の前に露わにして見せられたからなのだと思いました。

熱海殺人事件は、「ブス殺しのしがない工員」が取調官の協力を得て、「いっぱしの殺人犯」に「成長」するハナシだと聞いてました。でも、アタシが見たモンは全然違っていました。それは既に「熱海殺人事件」でもなんでもなく、ただひたすらに池田成志を見せるための芝居であったように思います。

ワタシが見たのは93年の公演だけですが、もしかすると、91年の登板以来、3年の年月をかけて、池田成志を木村伝兵衛に仕上げてきた。その顛末と結果をこの舞台で見たのかも知れないと思うのです。

序盤からクサイ台詞をビシビシ決めて、「しがない」どころか最初から完全に伝兵衛とタメを張っていた山崎銀之丞も、赤フンでうどんを喰い散らかしていた春田純一も、そして、この後「モンテカルロ」での演技が印象に深い平栗あつみも、このときには池田成志を見せるためだけそこに居たと思えるのです。

「筋もへったくれもあるかい、芝居なんざ役者が格好良くみえりゃそれでいいんだ。」という、アタシにはそれまでには見たことが無かった芝居のカタチを見せられて、圧倒され、その印象は深くココロに刻まれました。

以上、アタクシめの「私とFSTAGE」番外篇でございました。与太話にお付き合いいただきありがとうございました。

なお、引用は全て、「つかこうへい作品集 四」(白水社刊)によりました。


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