2008年10月第4週
さて、2008年秋のソウル滞在記もいよいよ最終回。イン・ソウル3日目の9月25日(木)、夜の6時過ぎ。大学路[テハンノ]で芝居を観る前に、朴根亨[パク・クニョン]に連れられて行った店の名は、"イレ"。メインストリートから、細い路地をちょっと入ったところにある。特に何が名物という店ではなく、普通の食堂なのだが、店に入る前にパク・クニョンが「ここは本当においしいよ」といった通り、かなりおいしかった。味が私好みなのだ。詳しい名前は忘れてしまったが、秋刀魚(サンマ)のコチュジャン煮と太刀魚(タチウオ)のチゲ(鍋)、それと普通のテンジャンチゲに五穀米の御飯、付け合せのおかずも、みなおいしかった。今度、大学路に行った時は、ここで食事をしよう。
実はこの時、もしかして、三陽の餃子も大好きだというパク・クニョンと、味の好みが同じなのかも、と思ったのだが、その後、その思いは、さらに的中することになる。それは後述するとして、"イレ"を出た我々は、大学路の北のロータリーをさらに越え、かなり歩いて、ソンドル劇場に向かった。その途中、『青森の雨』でAV監督役だったイ・ギュフェにばったり出会った。イ・ギュフェは、元々トンスン舞台にいた役者で、2001年のタイニイアリスの公演の時に知り合い、その後、月光舎の韓国公演の準備で何回か訪韓した時にも会って一緒に飲んだ仲だ。月光舎にいたSという役者に似ていたことから、みんなからは「韓国のS」と呼ばれていた。スズナリでの『青森の雨』の時にも会ったが、飲みには行けなかった。この時も別の用事があるとかで飲みには行けず、わざわざソンドル劇場にまで一緒に来てくれたのだが、次の機会にはぜひ飲みに行こうと約束をして別れた。今はパク・クニョンの劇団コルモッキルに所属しているので、これからも会う機会はあるだろう。
その夜、我々が観た、パク・クニョンが紹介してくれた公演は、劇団ノルタンの『クムニョとジョンヒ』という芝居だった。作・演出は、パク・クニョンの芝居にも出演したり、女優もやっていたというチェ・チナ。テアトロ9月号の「現代韓国演劇の魅力」にも紹介されていた。若い頃の浅丘ルリ子に似た(例えが古いけど)きれいな女性で、パク・クニョンがお薦めの、これから有望な女流作家兼演出家だ。公演は9月12日から10月12日まで1ヶ月のロングランだが、韓国の小劇場では普通なのだ。それが成立するということもうらやましい。日本の小劇場のように、週末だけという方が、韓国では珍しいのだ。
芝居の内容は、年老いた母(クムニョ)と未婚の娘(ジョンヒ)の話で、詳しい内容はわからなかったが、その二人の心を表しているのであろう天使のような、かわいい女の子(といっても大人の女性だが)も出て来て、これは女性の作家、演出家ならではの作品だな、と思った。かなりの台詞劇なので、韓国の観客たちが笑っているところはわからなかったが、感動的な場面はわかり、一緒に涙した。ぜひ、これに字幕を付けて、日本で上演したいと思った。アリスフェスティバルでもいいし、どこかの劇場でプロデュースとか出来たらいいのだが。
しかし、このソンドル劇場も、この公演の次にここで公演する劇団の劇場で、キャパ100人ぐらいの小劇場なのだが、こういう小劇場が100近くある大学路は、本当にいい。もちろん、大きな劇場もあるわけで、新宿よりは狭いが下北沢よりは広い範囲で、毎日多くの芝居をやっていて、観客は好きなものを観ることが出来る。まさにアジアのブロードウェイといわれる所以だ。当然、そこでしのぎを削る役者たちの力量も上がってくるというわけだ。普通に映画やテレビに出ているスターたちも、この大学路の劇場で舞台に出演する。うらやましい。そういう場所がうらやましいし、そこに劇場を作ることが出来る劇団もうらやましい。日本はどんどん小劇場のレベルが下がってきている気がする。いや、何か演劇そのもののおもしろさが失われてきている気がするのだ。その原因はいくつかあるし、ある程度わかっているのだが、あえてここでは書かない。まさに、小劇場よ、どこへ行く、だと思う。その点、韓国は、この大学路にまだまだ劇場が出来るそうだし、演劇祭もいろいろあっておもしろい。う〜ん、やっぱり、今からでも韓国に行って演劇をやろうかな。本格的にハングルも勉強して……現実問題としては厳しいかなぁ。物覚えも悪くなってきたし。
さて、『クムニョとジョンヒ』を観た後、劇団ノルタンの人たちと食事をしながら話をしようということで、パク・クニョンとチェ・チナと我々は、劇場前の裏道を通って坂を上ったり下りたりし、どこをどう歩いたのかよくわからないが、パク・クニョンの劇団コルモッキルの事務所の前を通り、やはりパク・クニョンが「一番おいしいフライドチキンの店」と紹介した、"コダギ"という店に行った。そして、生ビールで乾杯しながらそのチキンを食べたのだが、これがもう、絶品! 残念ながらこのチキンの写真は撮り忘れたが、思い出しただけで、よだれが出てくる。ここも、次に韓国に行ったら必ず行くぞ! で、前述した、パク・クニョンと味の好みが一致するということを、ここで再確認したわけだ。しかし、今回のソウル行きは、最初の乾杯がチキンで、最後の乾杯もチキンとは! いや、どっちもおいしかったからいいんだけど。韓国は焼肉だけじゃないんだぞ、っと。
しばらくすると、芝居に出ていた役者たちがやって来た。年老いた母のクムニョを演じたペク・ヒョンジュは実際はまだ若く、そのリアルな演技、というか老母の立ち方そのものに私は感動したのだが、パク・クニョンも絶賛していた。娘役のクォン・チスクは、クマさんと以前からの知り合いで、4年ぶりの再会を喜んでいた。ペ・ドゥナの舞台『サンデーソウル』(演出はパク・クニョン)にも出ていたらしいのだが、私は覚えていなかった。ごめん。そして、かわいい天使の二人は、やはりかわいかった。イム・ユンジュとキム・ユリ。まだそんなに舞台には出ていない二人だが、これから楽しみだ。売れっ子になって、ドラマや映画に出るようになってくれたらうれしい。例によって、ミーハーの私がパンフにチェ・チナや出演者たちのサインをもらい出したら、薙野さんやハンキンさん、妻たちももらい出した。みんな快く、メッセージなども書いてくれた。
"コダギ"では、ソウル最後の晩ということもあって、かなり飲んだ。前日、李萬喜[イ・マニ]さんからいただいたジョニーウォーカーのグリーンラベルのボトルも、みんなで空けてしまった。店のおばちゃんも一緒に飲んだ。パク・クニョンもかなり酔いどれていた。クマさんが通訳をしてくれて(彼はそのおかげで、おいしいチキンをあまり食べられなかったり、かわいい天使たちともあまり個人的な話が出来なくて悔しがっていた。すまん)、みんなといろいろな話をした。薙野さんやハンキンさんもいるので、福岡の演劇の話も出た。まさに、ソウル、東京、福岡の素晴らしい韓日演劇交流の場だった。そこで、『豚とオートバイ』の東京公演の時に来られなくなったイ・マニさんの代わりに、パク・クニョンに来てもらいたいという話をし、彼も快諾してくれた。出来れば、チェ・チナにも来て欲しいが、どうなるだろうか。いずれにしても、こういった交流を、次に繋げていきたい。
12時過ぎに店を出、店の外でお互いに写真を撮ったり、いろいろ話をしたりして、タクシーが捕まりやすいところまで、みんなで歩いた。そして、彼らは我々を見送ってくれた。ありがとう、劇団ノルタンの人たち。パク・クニョンは、その後、『青森の雨』の打ち上げをやっているというところに向かった。
そんなわけで、タクシーで鍾路3街に戻り、クマさんにバス停で翌朝の空港行きのリムジンバスの時間を調べてもらい、旅館に帰ったのは1時過ぎ。さらに途中で缶ビールを買い、クマさんたちの部屋でソウルの旅の打ち上げの乾杯をし、クマさんや薙野さんと話をして(ハンキンさんは撃沈)、自分たちの部屋に戻ったのは2時過ぎ。それから荷物やおみやげをまとめ、寝たのは3時を回っていた。ちょっと寝入っただけで5時過ぎには起き、6時のバスで仁川[インチョン]空港へ。大韓航空のカウンターに荷物を預けた後、空港内のレストランで、余ったウォンで、3泊4日の旅の中で一番高い朝食(海鮮チゲ)を食べ、9時15分発の大韓航空701便で成田へ。いつも余ったウォンは換金しないで持って帰っているのだが(といっても小銭ばかりで大した額じゃないが)、今回は、6万ウォンも残っている。今度行く時、両替しないですぐ市内に行くのに使えるからいいのだが、実は今の円高で、ちょっと損をしてしまった。9月に行った時は、6万ウォンは5800円ぐらいだったが、今(11月6日現在レート)は何と4400円にしかならない。しかし、逆の場合、9月に5万円を両替した時は、53万ウォンだったのが、今は何と、68万ウォンにもなるのだ! 15万ウォンも違う! CDも14枚買える! 汗蒸幕も一人分タダだ! 実は一週間前はもっと円高で20万ウォンぐらい違ったのだが、いずれにしても、韓国に行くなら今だ! ま、円高はメリットもデメリットもあるから、単純に喜べないが、遊びで海外に行く分には、今は、得といえば得だろう。
11時半前に、予定より若干早く成田に着いた後は、車を預けていたところに電話をし、空港に迎えに来たバスに乗って駐車場へ。そのまま、車に荷物やおみやげを積み込み、来た時の逆に、東関東自動車道から京葉道路、首都高、東名と通って、横浜インターから自宅へ。やはり帰りの荷物のことを考え、車にして正解だった。トランクをガラガラ曳いての移動がないから、楽だ。運転するのは私じゃないけど。
というわけで、3泊4日ながら、中身もメンバーも非常に濃い2008年秋のソウル滞在記は、これでおしまい。今の円高がいつまで続くかわからないが、出来ればその恩恵があるうちに、また行きたい。3月には学校も休みになるし、少しは時間を取って行けるかな。3泊4日でもいいし。
さぁ、これからは、というか、すでに進んでいるが、あと1ヶ月、『豚とオートバイ』に集中しなくては! もちろん、学校の授業の方も。先週末の日曜には体験入学があり、また多くの来期の入学希望者が来てくれた。3日は昼から『豚とオートバイ』の稽古で、夜はみんなで新大久保に韓国料理を食べに行き、帰りは職安通りのコリアンタウンでみんなでホットックも食べ、かなり盛り上がった。韓国のことをいろいろ知ってもらうのも大事だし。そして、今週末からは福岡に行き、韓国にも一緒に行ったハンキンさんと『豚とオートバイ』の音楽(彼がパーカッションの生演奏をする)の打ち合わせをする。もちろん、薙野さんや福岡の演劇関係者にも会う予定だ。飲み会は、当然"ふとっぱら"。楽しみ楽しみ。
では最後に、『豚とオートバイ』のチラシに載っている、あらすじと解説の文を紹介しよう。
[あらすじ]
孤児ながら苦労して英語教師になったファン・ジェギュは、結婚して幸せに暮らしていたが、一つ目で額に口がある奇形児が生まれ、苦悶の末、その子を殺してしまう。やがて下獄した彼を待っていたのは、妻が不倫に走り、そのことに耐え切れず自殺したという報せだった。出獄後、予備校教師となったジェギュは、かつての教え子であるキョンスクと付き合っている。高校教師だったジェギュに猛烈なアタックをしかけたキョンスクは、今は専門医の道を進む立派な女性で、ジェギュを愛しており、ジェギュとの結婚に反対する親と三年も闘い続けている。人生のすべてに戸惑っているジェギュは、キョンスクとの結婚に迷っているのだが……
[解説]
日韓演劇交流センター主催による第2回韓国現代戯曲ドラマリーディングで上演(2005年/鐘下辰男・演出)され、2006年には福岡でもリーディング上演(小松杏里・演出)されて話題を呼んだ『豚とオートバイ』が、今、初の演劇公演として立ち上がる! 韓国演劇界のみならず、韓国映画界でも、今年の大ヒット作(『神機箭(シンギジョン)』)の脚本を担当した李萬喜[イ・マニ](映画『約束』『僕が9歳だったころ』『ワイルド・カード』の脚本も)が1993年に初演した問題作を、小松杏里が若い役者たちとの新たなプロジェクトで送る、6年ぶりの本格的演出作品『豚とオートバイ』は、再燃する韓流ブームに衝撃を与える!
来週は、『豚とオートバイ』の稽古の様子と福岡のことをお知らせしよう。公演の詳細は、次の通り。ぜひ、観に来て下さい!
『豚とオートバイ』
作/李萬喜[イ・マニ]
翻訳/熊谷対世志
台本・演出/小松杏里
<チラシ 表 裏>
公演日時:2008年12月6日(土)〜8日(月)
6日(土) 14:00 18:00
7日(日) 14:00 18:00
8日(月) 19:00
※6日14:00の回終了後、7日18:00より、ポストパフォーマンストークあり
ゲスト:6日/荒井晴彦、他 8日/朴根亨[パク・クニョン]、他
会場:新宿・タイニイアリス[03−3354−7307]
料金:前売・予約:2500円/当日:3000円[全席自由]
学生:2200円 ※要事前電話予約
予約・問い合わせ:ドワンゴクリエイティブスクール[03−5226−7222]
出演:阿部太樹・上原すず・内山次音・大山奈津・尾崎卓也・金子美佳・河崎ヨシカズ・成田良介・新山陽子・羽月恵美・花岡ゆか・姫宮智美・堀畑俊介・山口智大・山本真理奈・結城俊和・柚原みなみ・吉川彰
演奏:渡辺ハンキン浩二 振付:山下ともち 舞台美術:吉田光彦 照明:沖野隆一
音響:小松明人 舞台監督:清水 勉 宣伝美術:近藤和俊 企画・制作:d'Theater
協力:とりいちえ・石塚基光/橘龍希・千秋夕/趙徳済/ドワンゴクリエイティブスクール
(2008.11.6)