先週の中頃から体調を崩し、頭痛とボーッとしただるさと鼻水と咽喉の痛みが続いた。まぁ、高熱は出ていないのでインフルエンザではないと思っていたが、忙しくて騙し騙し仕事をしていて医者にも行けず、結局、18日の日曜日も家で寝ていて、予定していた神奈川県の高校演劇大会にも行けず、週を越してしまった。高校演劇大会の方は、残念ながら横浜地区の高校は関東大会に行くことは出来なかった。ただ、『父と暮らせば』をやった横浜緑ヶ丘が3校目の最優秀賞(関東大会に行けるのは2校)、私が絶賛した横浜平沼高校の『マオウ』は創作脚本賞を受賞したので、よかった。そういえば、その18日に、もうひとつ観に行きたいと思っていた映画があったのだが、それも結局行けなかった。それは、寺山さんが主宰していた演劇実験室・天井桟敷の元劇団員17人へのインタビューで構成された『世界の涯て』という作品で、御茶ノ水のneoneo坐で上映された。まぁ、映画だからまたいつか観る機会はあるだろう。そんな状態で、週明けの月曜日はさすがにきつく、今週末には福岡に行くのでこれ以上悪化したら嫌だと思い、火曜日の午前中にかかりつけの医者に行った。症状を話し、咽喉を覗かれた瞬間、顔なじみの先生に「おっ」といわれてしまった。咽喉がかなり腫れていたんだと思う。結局、風邪と鼻炎だといわれたが、薬をもらったのでひと安心。いつももらう、おなじみの薬だ。まだ、ちょっと気を抜くとボーッとしてしまうが、早く治して、週末には久しぶりの福岡を楽しみたい。というわけで、先週も送れなかったので、11月2週目からの主だったことを報告しておこう。
11月5日の月曜の夜、久しぶりに相鉄本多劇場で行われている劇サロに顔を出した。福岡からFPAPの高崎さんが上京していて、ぜひ劇サロに行ってみたいということで一緒に行くことにしたのだ。高崎さんはもちろん初めて。福岡の演劇関係者は、以前、“福岡演劇のひろば”の薙野さんを案内したことがある。高崎さんはちょっと遅れるということで、先に一人で行くことにした。7時半の開始時間を少し過ぎて相鉄本多劇場に到着したが、まだ10人ほどしか来ていない。最近は参加人数が増えているということだが、横浜フリンジの打ち上げも前日の夜にあったことだし、今日は少ないかもしれないと思った。相鉄本多の嶋さんがいたので挨拶。久しぶりの劇サロながら、ここに来るとなぜかホッとする。大西君や横浜未来演劇人シアターのメンバーがいたので2日前に観た『市電うどん』の話などしながら一緒に飲み始める。前日の打ち上げは朝の7時までやっていたそうだ。メンバーの半分はまだコンテナ劇場で片付けをしているとのこと。じっちゃん[寺十吾]や石丸だいこさんも後で来るというので楽しみ。
劇サロは、自分の分の飲み物やつまみは持ち込みで、会費は100円。差し入れの飲み物やつまみもあり、自由に飲むことが出来る。私は途中から、そこにあった黒霧をいただいた。久しぶりに飲んだ感じだが、やはり美味い。5年前の横浜演劇計画の寺十演出による寸劇で私の娘役をやった上岡にも何年ぶりかで会う。大人になっていて驚く。いや、当時も大人(女子大生)だったけど。つまり、老けたってことだな(笑)。参加者は次第に増えていき、8時半になって自己紹介&宣伝タイムが始まる。いつもは仕切ってくれているstudio saltのメンバーが、本番が近いので来れないということだが、参加者はすでに40人以上になっている。いつも参加している人ばかりでなく、毎回新しい人が増えているのがうれしいし、楽しい。そこで横浜の演劇人同士の横の関係が広がるのだ。9時半ぐらいになり、自己紹介タイムが終わる頃、高崎さんが到着。前もって「福岡のFPAPの人が来るので、ぜひ横浜の演劇界とも交流を」と話しておいたので、高崎さんにも自己紹介をしてもらう。その後、嶋さんやマシュマロ・ウエーブの木村健三さんらと話す。私は、横浜未来演劇人シアターの女優の一人から、月光舎にいた佐鳥裕一[現・さとりさとる]の婚約者だと名乗られ(以前、佐鳥から聞いていたが忘れていた)、初めて挨拶し、いろいろ佐鳥のことで話が盛り上がる。そのせいではないが、そこで『市電うどん』のサントラ盤を買う(これは、あの素敵な公演を思い出して、その後もしょっちゅう聴いている)。
劇サロは10時で終了。みんなで後片付けをし、相鉄本多を出て高崎さんと一緒に2次会のつぼ八に向かう。そこにはじっちゃんや石丸だいこさんも来た。大西君はさすがに疲れはて、端の方で寝ている。明日の早朝、福岡に帰る高崎さんがホテルに帰った後、石丸さんと名古屋の昔話をする。考えたら、少年王者舘ではなく、少年王者の頃から観ていたのだ。七ツ寺も大須観音も最近行ってない。まぁ、木の実もなくなったしなぁ。そんなこんなで、月に一回の劇サロに行くと毎回楽しいのだが、東京の学校になってから、月曜日は夜間授業があるので、そうそう行けないのだ。12月10日は大忘年会らしいが行けるかどうか。学園祭の翌日だから、多分無理そう。残念。そういえば、劇サロは元々、みんなで忘年会をやろうという目的で始まったのだった。しかし、すごい人数の忘年会になりそうだ。
翌火曜は午後クラスの授業で、7日の水曜は例によって休み。ちょっとした野暮用があって、午前中から霞ヶ関の省庁街へ。いろいろ問題になっている各省庁の前を通る。う〜ん、どうもここは落ち着かない。まぁ、いろんな意味で、ここで働くような人間にはなれないと思ったね。天気がいいので、そのまま日比谷公園を散策。ちょうど昼飯時で、お弁当を持って来て食べているOLやサラリーマンがいっぱい。松本楼も混んでいた。そのまま、日比谷の映画街に行く。中学や高校の頃、よく通っていたこの一角も、すっかり変わってしまった。日比谷映画劇場に有楽座にスカラ座にみゆき座、みんな個性があって好きだったんだけどなぁ。新しい劇場、シアタークリエの前を通る。劇場の柿落とし公演、三谷幸喜の新作『恐れを知らぬ川上音二郎一座』、観に行きたいが行けるかどうか。といっても、当日券しか手に入らないらしい。その後、ゴジラの銅像(といっても小さいから、どうせなら実物大のを、って無理か)の前を通って銀座へ。新宿に出て、さらに吉祥寺に向かい、劇団桟敷童子『博多湾岸台風小僧』マチネ観劇。
まず、今風でおしゃれな劇場である吉祥寺シアターで桟敷童子がやるということに驚くが、ロビーからしっかり幟[のぼり]を立てたりして桟敷童子カラーを出していた。でもやっぱり、汚すわけにはいかないし、人間や生活の匂いが染み付いた中野光座やベニサンの方が合ってるんだろうな。客席内も、舞台へと続く形で生木が生い茂っていて、博多近くの山の中という世界がしっかり作られているのだが、客席はきれいな椅子で段差もあり、とても見やすい。いや、そんないいところに文句をつけるのはお門違いかもしれないけど、少し前に横浜のコンテナ劇場のテント小屋で、簡易作りの客席で狭くて寒い思いをしながらも楽しんだ芝居のことを考えたり、昔の状況劇場や黒テントや新宿梁山泊の公演を考えると、個人的には、ゆったりしているおしゃれな客席でアングラ芝居を観るというのは、ちょっと違和感がある。まぁ、今風の考えで、そういうのが嫌な観客のためにこういう劇場を選んだということもあるのかもしれないので、あまり深くは考えないことにしよう。でも、気になる。ま、次の1月公演はまた中野光座だし、いいか。あそこは客席や舞台だけでなく、すべてが好きな空間だ。魔物がいそうで。
桟敷童子の芝居を観るのは『海猫街』以来だ。この『博多湾岸台風小僧』の初演は2005年だから『海猫街』より前だが、閉鎖された空間に住む者たちと外部からやって来る者たちという設定は2作品とも似ている。ただ、『海猫街』の方がスペクタクル性が強い。作品的にも広がりがある。役者たちのパワーも、ゲストを含めて『海猫街』の方があったように思う。しかし、私は個人的にはこの『博多湾岸〜』の方が好きだ。それは作品に対する愛を感じたからだ。『海猫街』の時には、そのアングラ的な芝居と仕掛けの迫力に圧倒されて、あまり感じることの出来なかった部分を『博多湾岸〜』でじっくり感じることが出来たのだ。役者たちの演技やそれぞれの個性も、この作品に合っているように感じた。そういった意味では、桟敷童子という“劇団”の良さを初めて感じたのかもしれない。東憲司個人の才能にではなく(無論、それもあるが)、桟敷童子という“劇団”に惹かれたのだ。すでに各方面で高い評価を受けているが、これからさらに楽しみだ。来年の1月には東氏念願の福岡公演(彼に初めて会ったのは、私が福岡にいる時、南谷朝子の紹介で、故郷である福岡での公演をしたいということで会ったのだ)も行われるので、福岡の知り合いや学生たちにも薦めたい。
この公演の客席で、何年ぶりかで日刊ゲンダイの山田さんに会った。山田さんは、螳螂の頃から観ていてくれて、というより、私が『銀幕迷宮〜キネマラビリンス』という芝居を書いた時(83年初演)に、モデルにした川島雄三の資料をいろいろ貸してくれたのだ。当時はよく下北沢の古里庵で会った。古里庵のママも山田さんも下北半島のむつ市の出身なのだ。もちろん、川島雄三も。そんな縁の山田さんとは、螳螂解散後、私が神奈川に引っ込んでからは、よく観に行った芝居の客席で偶然会っていたのだが、ここ何年かは会っていなかった(2004年の7月に椿組の公演でばったり会って以来だ)。それがまた偶然、芝居の場で会ってしまったのだ。不思議な縁だ。公演の後、東氏らに挨拶をし、山田さんと吉祥寺駅前の喫茶店に入って話をした。実は山田さんの長女と私の長男は同じ年に生まれ、今年20歳になったのだ(ウチの長男はその時点で一週間後だったが)。お互いに年を取ったもんだと笑ったり、最近の芝居の話をして別れた。山田さんには螳螂時代のβのビデオをDVDにしてもらえることになった。初演の『ミカエラ』の天草四郎は、当時はまだ体重が50kgもなかった私が演じていたのだが(今は70kg近い)、恥ずかしくもあり、楽しみでもある。美加理もまだ21歳だ。そういえば、この公演、寺山さんが観に来てくれたなぁ。その9ヶ月後に他界してしまったわけだけど。
その後、下北沢に行き、東京ノーヴイ・レパートリーシアターのワークショップを見学した。ロシア人の演出家、レオニード・アニシモフ氏によるスタニスラフスキー・システムをベースとしたワークショップだ。東京ノーヴイ・レパートリーシアターは、私がシアターバロツクに書き下ろした『東京森林』や月光舎の『ピカイア』にも出てくれた役者の小倉崇昭が入っている集団で、彼から教えられてワークショップを見学しに行くことにしたのだ。当日、彼はいなかったが、6時半から2時間ほど見学させてもらった。20人ほどの参加者(役者)が、『かもめ』をテキストとして、2人ずつ演じていく。それに対して、アニシモフ氏がダメを出していくのだ。何組かのワークショップを見て感じたことは、やはりその人物の気持ちから行動を起こしているかどうかを重要視しているということだ。これをアニシモフ氏は「内的行動」といっていた。確かに人間の基本的な行動は気持ちの上に成り立っていることは確かだし、私が演出をする時も、役者がその気持ちになっているかどうかを確認しながら進めていく。それは日本人であれ、外国人であれ、同じだろう。ただ、私が日本人がやる翻訳物を見ていつも感じることがある。シェイクスピアもそうだが。それは、はたして、その国や時代のことをどれだけ知ってやっているのだろうかということだ。「その国や時代のこと」というのは、生活環境や時代の背景、風俗など、その国の人間として生きていくうえで当たり前のように知っておかなくてはいけないことだ。このワークショップでも、食事をしながら話すシーンがあり、参加者は食べているというリアリティを感じたいがために、ポッキーを実際に食べながら芝居をしていたのだが、案の定、演出家からダメが入った。ロシアの食べ物とポッキーとでは、まるで食べ方が違うのだから。他にも、リアリティを求め、それを感じた上で言葉(台詞)を発しなければいけないシーンがあるのだが、参加者たちはとまどっていたようだ。心情的な部分だけなら理解出来ても、やはり、ロシアの生活様式がわからないからだ。まぁ、このワークショップの目的はそういうところではないのはわかるが、私が翻訳物(特にアジア以外の国)の作品に、もうひとつ入り込めないのは、そういう部分が見えてしまうからなのだ。だいたい、日本語と外国語の台詞のニュアンスはまったく違うはずだし。もちろん、舞台は舞台として、脚本のリアリティを求めるやり方とは別の作り方をしているものもあるし(設定を日本に置き換えたり)、いろいろな解釈をして作っていくことが出来るのが、演劇のおもしろさだ。ただ、本物のリアリティというものを求めるのであれば、日本人には日本人の作品しか出来ないような気がする。蜷川演出のシェイクスピア作品は、リアリティ重視とは別の見せ方だからね。
この週の土曜日(10日)の夜には、とある事務所の人たちとの打ち合わせ、というより、結局、カラオケになってしまったが、その前に、時間があったので、新宿の花園神社に寄った。雨の中、酉の市をやっていた。今年は二の酉まであるが、その一の酉の大酉祭だ。安い熊手でも買おうかとも思ったが、雨だったし、荷物になるのでやめた。それにしても雨だというのに、すごい人手だった。あっちこっちで、大きな熊手を買った時にしてくれる三本締めの音が聞こえる。懐かしい見世物小屋もあったので、思わず入ってしまった。だいぶ昔にも入ったことがあり、その時のお姉さん(実際にはおばさんで、すでにおばあさんになっていたが)もいたが、今年から入ったばかりだという、まるで月蝕歌劇団の芝居に出てくるような新人のお姉さん(彼女は実際に若かった)もいて、蛇を食べていた。財布に入れておくとお金が入ってくるという、ウロコの跡がしっかり残っている、大蛇が脱皮した抜け殻をもらった。まだ金は入ってこないが。大好きな縁日や祭りだから、当然、屋台(何十人も入る大きな屋台の店がいくつもあった)に入り、焼鳥と日本酒の熱燗で一杯やり、いい気分で花園神社を後にした。
11月11日はエリザベス女王杯。朝、ウオッカが出走取り消しと聞いて驚いた。まぁいいか、競馬の話は。はずれたし。18日のマイルチャンピオンシップもダメだった。この時ははずした武豊がやっぱり巧くて3着に来てしまったので。今週末のジャパンカップは、まともなら、メイショウサムソンとアドマイヤムーンの一騎打ちだろう。凱旋門賞馬ディラントーマス、見たかったけど、出走取り消し。穴は、ていうか、ウオッカに頑張ってもらいたいけど、やっぱり幻のダービー馬という匂いがするしなぁ。
14日の水曜は長男の20歳の誕生日だった。夜、家族だけの簡単なバースデーパーティー。大人の証しとして、かどうかわからないけど、電気髭剃りを送った。みんなで、長男が3歳ぐらいの時に出た『おかあさんといっしょ』のビデオを見て大笑いした。すでにカメラを意識したり、金髪の外人の女の子を気にしたり。しかし、いつになったら自立するのか。来春には追い出す予定だが。ちなみに私が実家を出て独立したのも、20歳の時だった。あと5年もしたら、3兄弟とも自立するだろう。そうなったら、家の中が広く感じるだろうな。
というわけで、その後は風邪気味でどこにも行かず行けずで、現在は立ち直りつつある。今週の金曜日の夜から、5ヶ月ぶりの福岡に行って来ます。寒いかな、福岡は。温かいもつ鍋で一杯だな。
(2007.11.21)