2006年11月第3週

〈先週の続き〉

 『海猫街』でのウミネコの声が耳に残っている翌日、11日の土曜日も、ウミネコの声を渋谷で聞いた。蜷川幸雄20年ぶりの再演(日本で)、『タンゴ・冬の終わりに』だ。この芝居は84年の初演も86年の再演も観た。奇しくも今回のパンフレットに桟敷童子の東憲司氏が影響を受けた作品(この芝居を観て清水邦夫の木冬社に入ったという)だと書いていたが、私にとっても、実に印象深い、私の演劇鑑賞史でも忘れることの出来ない作品だ。NHKの芸術劇場で放映された再演のビデオ(βのテープ!)は磨り減るほど観たし、いろいろ観た平幹二朗の舞台の中でも、一番好きな作品だ。今回の清村盛役は、堤真一。堤真一は嫌いではない、というよりどちらかというとファンだが、最初、この配役を聞いた時は、若いんじゃないかと思った。そして、その予感は的中した。戯曲では清村盛役は45歳という設定で、実際の堤も42歳だから、それほどおかしくはないのだが、どうしても若く見える。若く見えるということは、まず、引退を決意した俳優という設定に違和感を感じてしまう。つまり、清村盛という俳優は、45という数字から感じる年齢よりも、ある部分で老いていなくてはならないのだ。それは決して見た目でなくてもいい。だが、堤真一の演技には、その老いが感じられない。そして何よりも、次第に狂ってゆく清村盛の狂気を感じないのだ。いや、今回の舞台だけを観ている人は、堤もいいと思うだろう。堤ファンとしては、実際、こういう難しい役をよくこなしていて、新境地開拓とも思える。だが、どうしても平幹二朗と比べてしまうのだ。そうなると、もうダメだ。清水邦夫の美しい台詞を聞けば聞くほど、平幹二朗の狂気と憂いと艶を含んだ台詞術を思い出し、堤真一に物足りなさを感じてしまうのだ。やはり堤真一は、身体を使った激しく情熱的な役がいい。いや、たとえ平幹二朗と比べなくても、この戯曲の清村盛役には合っていなかったと思う。なぜ、やることになったのだろう。

 常盤貴子の水尾も、一本調子の甲高い声に魅力を感じなかった。演技はやはりテレビのまま、というより、変に力が入っているだけで、テレビでの演技の方が自然でいいと思った。初演・再演の名取裕子もいいとは思わなかったし、この役は難しいのかもしれない。ただ、硬質なだけじゃダメなのだ。誰がやればピッタリなのだろう。ただ、常盤貴子も台詞のないシーンは美しかった。特に登場のシーンは、まさに西部劇のヒロインが現れた(そういう台詞で登場する)夢の世界のようだった。堤真一と常盤貴子のタンゴのシーンも美しかった。実際、このシーンとオープニングでは涙がこぼれた。開演の時、『蛹化の女』が聞こえてきた時には、まるで時間がタイムスリップしたかのように身体が震え、幻の観客たちがうごめく映画館が浮かび上がった時には、涙が溢れてきた。初演の時の、この幻の観客たちの中には南谷朝子もいたし、その後、蜷川の舞台で活躍する役者たちが大勢出ていた。再演の時には、その前に螳螂の公演(『フランシスコ白虎隊二万海里』)に出た桐朋の演劇専攻に通っていた女優志願の女の子も出ていた。今回の幻の観客たちの中にも、これから活躍していく役者もいることだろう。

 他の役者たちでは、連役の段田安則は、初演・再演の故・塩島昭彦とはまた違ったおもしろさがあってさすがだと思った。ただ、水尾に対する愛をあまり感じることが出来ず、盛を刺す時の迫力も感じなかったのは残念だ。秋山菜津子の演じたぎん役も、松本典子のイメージが強過ぎたので心配だったが、自分なりのぎんを作っていて、なかなか良かったし、信子役の毬谷友子はもったいないぐらいに良かった! 出演者がズラーッと並んでいるポスターの写真を見て、一番気になるし魅かれるのは毬谷友子だと思うのは、私だけだろうか。意図しているのか、カメラ目線じゃないというのもあるだろうが(笑)。そう、毬谷友子が水尾役だったらどうだったろう。

 意外に、などといったら失礼だが、今回の出演者の中で一番いいと思ったのが、重雄役の高橋洋だ。彼はここに来て、急成長したような気がする。盛の弟で、兄を慕いながらも反発する重要な役割なのだが、初演・再演で演じた石丸謙二郎の芝居は残念ながら記憶にない。高橋洋の重雄に関しては、兄の盛が堤真一だったので、しっくりいったのかもしれない。石丸謙二郎の重雄は、平幹二朗相手では、印象に残らなかったのも仕方ないかもしれない。それ以外の役者たちも、みんな良かった! 新橋耐子や沢竜二はいうに及ばず、70過ぎて御活躍の(いや、その前や転形劇場時代も素敵だったが!)黒マスク役(初演は蜷川!)の品川徹さんも、タマミとトウタ役の若い二人も!

 とにかく、この『タンゴ・冬の終わりに』は、役者の話ということもあり、時代的な背景も感じるし、戯曲も大好きなのだが(私の『銀幕迷宮〜キネマラビリンス』に通じるところがある、といったらおこがましいか)、今回の再演は残念ながら、私の演劇鑑賞史の伝説に残るものにはならず、逆に20年前の舞台の素晴らしさを再認識させるものになってしまったようだ。去年の『天保十二年のシェイクスピア』に続いて一緒に観に行った(誕生日プレゼントということで連れて行った)長男が、偉そうに「この作品、やってみたいな」などといっていたが(演出ではなく役者としてらしいが)、私もいつか、蜷川演出とは別の切り口で演出してみたいと20年ぶりに思った! いや、20年前はこの作品に圧倒され、恐れ多くてそんなことは考えもしなかったのだが。そう考えると、恐れを知らずにやってみたいなどといえてしまう長男には、恐れ入る(笑)。今、思い出したが、何年か前に、友人の池田火斗志さんや友貞京子さん、進藤則夫さんらが出演して田嶋一成さんが演出した『タンゴ〜』があった。残念ながら観逃したが、あれはどんな感じだったのだろう。いやぁ、『タンゴ〜』に関する感想だけでかなり長くなったが、大好きな作品ということもあり、しっかり書いておきたいと思ったので、御容赦いただきたい。

 『タンゴ〜』のマチネを渋谷のシアター・コクーンで観た後、新宿に出て、前から行きたいと思っていた韓国屋台料理の店“カントンの思い出”(新宿店が予約で満員だったので、大久保店に行った)で、長男の19歳の誕生日祝いをした(本当の誕生日は14日)。ここは、雰囲気はまったく韓国のどこにでもある店という感じで、奥の方には、韓国の庶民的な焼肉屋にある丸いガステーブルの席もある。大久保店も席は予約でいっぱいで、何とか頼み込んで2人座れたが、行く人は必ず予約をした方がいい。高級韓国料理屋じゃないので、韓国の普通の店の雰囲気を味わいたい人にはお薦めだ! その日はさらに帰りに、新宿西口のしょんべん横丁の“きくや”に長男を連れて行って親父を紹介し、おいしい焼鳥を食わせ、私はひたすら酔いどれたが、時間はまだ早かったので、11時頃には帰宅出来た。

 翌12日は、前夜の韓国焼酎の酔いがまだ頭に残っている中、座間駅からひたすら田舎道を歩いて西中学というところに向かい、座間中に通っている三男の中学バスケットボールの座間市大会の公式戦を観た。午前中に準決勝の試合があり、それは前半リードされていたのを後半逆転し、最後は何と1点差で劇的に勝ち(まるで映画のように盛り上がった!)、座間中は午後の決勝戦に残った。決勝戦の試合まではかなり時間があったので、歩いて来る途中にやたら賑やかな放送が聞こえてきた座間小学校に行ってみると、校庭で“ざまっ子まつり”なる大きなイベントをやっていたので、そこで焼きそばやらとん汁やら餅やらを食べて過ごした。そして、近くの鈴鹿明神社に寄ってみると、着飾った小さな子供たちと、正装したお父さんやお母さん、お爺ちゃん、お婆ちゃんたちがいた。そう、七五三のお祝いだ。それを見ていて、我が家の子供たちの七五三を思い出した。男の子ばかり三人、みんな寒川神社に行った。ブレザーは三人とも、私の母が大事に取って置いてくれた、私が5歳の時に着たやつを着た。七五三もついこの間のような気がするが、その子たちもみんな大きくなり、一番下の三男でさえ中学2年でバスケットボールをやっているなんて。こっちも年を取るはずだ。

 午後の決勝戦は、ここのところ毎年1位の西中が相手だけに前半からリードを許し、後半、調子が上がってきたが追いつけず、大差がついて負けてしまった。三男はミスがあったことを反省し、かなり悔しがっていたので、次に行われる県央大会では、さらに頑張ってくれることだろう。以前のように、観に来ないでとはいっていないので(やはり3年生が引退して中心になり、勝てるようになったので)、ぜひまた観に行きたい!

 試合が終わり、帰りは妻の車で家まで送ってもらったが、その中で、その日行われたエリザベス女王杯(レースはリアルタイムでは観れなかった)でカワカミプリンセスが1着入線後、進路妨害で降着したニュースをラジオで聴いた。そんなこんなで馬券は買っていなかったが、G1レースでの1着入線馬の降着は、91年秋の天皇賞、武豊騎乗のメジロマックイーン以来だったので、かなりショックだった(この天皇賞はリアルタイムで中継を観ていた)。それでも、カワカミプリンセスは現役最強牝馬だと思うので、これにめげずに(馬はわからないだろうが)、本田騎手も次のレースですっきり雪辱を果たして欲しい! あの瞬発力は、牡馬にも勝てるだろう!

 というわけで、すでにかなり長くなったが、先週書き切れなかった続きはここまで!先週は、14日の火曜日に急遽、こまばアゴラ劇場に行くことになり、5時40分に関内を出て、横浜→渋谷→駒場東大前と駆け足で乗り継ぎ、7時の開演前に何とか到着! 横浜の劇サロの仲間であり、日本演出者協会の理事でもある大西一郎氏演出で、北村想さんの新作『えんかえれじい』(モンキー・ロード公演)を観劇。想さんの芝居は大好きで、それこそ30年近く前のTPO師★団の頃から名古屋まで観に行ってたぐらいで、自分では昔、某プロダクションの養成所の卒業公演で『踊子』をやらせてもらったことがある。『十一人の少年』や『碧い彗星の一夜』といった少年モノは大好きだし、名古屋の七ツ寺共同スタジオで観た川崎ゆきお原作の『THE 猟奇王』は私の演劇鑑賞史の中でも、伝説の公演として燦然と輝いている!

 その想さんの新作『えんかえれじい』だが、相変わらずの馬鹿馬鹿しさ、おもしろさ、そして、奥深さだった。最近のテレビのバラエティ番組の内輪受けや芸人いじりのくだらない笑いが好きな人には、ちょっと退屈なのかもしれないが(私の隣りの若者は半分寝ていたので、途中で突いて起こしたら、その後は笑って観ていた)、随所に張り巡らされたシュールともいえるネタに気づくと、もう、想さんの世界の虜なのだ(笑)! 大西氏の演出は、その辺りをしっかりと押さえてくれていて、決して大きな声を出して笑う笑いではないが、最後までニヤニヤ楽しみながら観ることが出来た。公演終了後、久しぶりに会った山下千景嬢に挨拶をしたら、一番前で見ていてくれたのわかりましたよ、といわれた。私の席の後ろには、11月の初めまでKUDAN Projectの『真夜中の弥次さん喜多さん』公演の舞台監督としてフィリピンやマレーシアに行っていたドラゴンこと(古い!)井村昂氏がいて、北九州での公演以来以来2年ぶりに会った。その日は例によって、下北の古里庵にひとりでちょっと寄って、帰った。

 先週末の土曜日は学院の体験入学があり、東京校の2校舎とまたネットでつないで進行役をやった。3ヶ所をつなぐとタイムラグが多くなるのがちょっと残念だ。体験入学には、来春、神奈川に出て来て代アニ・横浜校に通う福岡の子(といっても大人だが)が来たので、体験終了後、関内や桜木町界隈を案内し、翌日は新宿を案内した。

 今週末の土曜日には学院の待機もあるが、日曜日には、天気が良かったらジャパンカップを観に、東京競馬場にでものんびり行って来たい。東京競馬場には、神奈川に戻って来てから、まだ1度も行ってないし。果たしてディープインパクトは勝てるだろうか? 東京の2.400mなら、ダービーの再現だ! となると、メイショウサムソンとの一騎打ちか!

(2006.11.21)


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