2002年9月第1週

 さて、いよいよ今週『啼く月に思ふ』韓国凱旋公演の本番を迎えます。先週も書きましたが、今回の公演はかなりの自信作に仕上がっているので、ぜひ多くの人に観に来てもらいたいと思っています。おそらく、私の演劇史においても代表作のひとつになるであろう作品ですね。この自信作というのは、単に戯曲だけのことではなく、というより、読むための戯曲としては、台詞はカタコト日本語(あるいはハングル)だし、ト書は多いし、自分でいうのもなんですが、それほどおもしろい戯曲だとは思いません。私も一人前に3冊ほど戯曲集を出していて、収録されている『莫』や『眠れぬ夜のアリス』なんかは結構、高校の演劇部や養成所の発表会などで上演してくれるのですが、この『啼く月に思ふ』は、たとえ戯曲集に入ったとしても上演されないでしょうね。ていうか、上演出来ないと思いますよ。

 つまり、今回の『啼く月に思ふ』韓国凱旋公演は、去年9月の初演があり、それを前提として大改訂して韓国版が作られ、その中で役者たちがハングルでも納得して表現出来るように理解力が深まり、さらに、韓国の厳しい観客たちの目に晒された韓国公演を経たことで、表現するということの意識が深まった役者たちが、これもさらに深い部分を要求する演出家(私)の指示に応えられるようになってきたということなんですよ。

 だから今、稽古場がとてもおもしろいんです。実は私はあまり稽古が好きな演出家の部類には入らないと思うんですが、今回ばかりは、やればやるほどいろいろ膨らんできて、稽古場が楽しい! といっても限度はありますけどね。それに、いっときますけど(っていわなくてもわかってるかもしれませんが)、この『啼く月に思ふ』は決しておもしろいとか楽しいとかいう芝居ではありません。どちらかというと、激しい芝居です。螳螂時代からずっと私の作品を観続けてくれている人が、「昔の小松杏里に戻ったみたいで、月光舎になってから一番好きな作品だ」ともいってくれました。まぁ、それがいいことなのか悪いことなのかは別として、私としても気に入った作品に仕上がっていってることは確かですね。月光舎になって10年、やっと何かが見えてきたという感じでしょうか。役者たちも老けましたしね。もちろんいい意味でですよ。というわけで、これまで月光舎を観たことのない人も、節目のこの作品を観てもらって、これからさらに観続けてもらえればうれしいな、と思っています。

 その楽しい稽古の合間を縫って、今、新宿のタイニイアリスで行われているアリスフェスティバル’02の、釜山の劇団の公演をみんなで観に行って来ました。正確には日韓合同公演で、鳳いく太氏の『家族の神話』という作品をタイニイアリスの丹羽文夫氏と釜山の劇団處容劇場の李東宰氏が共同演出したもので、釜山の役者たちに交じって、ARROWに参加していた鈴木チホも丹羽さんに請われて出演しました。李東宰氏とは3年前のアリスフェスティバルで初めて出会い、それをきっかけに釜山やソウルに行くことになり、今年の月光舎の韓国公演に結び付いたという縁で、去年10月の釜山以来の再会を喜び合うと共に、今年は出来なかった来年の釜山公演の約束をしました。作品の方は、鳳氏の得意とする怖い喜劇が韓国を舞台にしたものになっていて、その辺りは日本よりも家族の結び付きの強い韓国に合っている作品になっていてよかったと思いますが、逆にオープンな韓国人の雰囲気が強まったことで、日本人の持つ暗さの怖さというものが薄まってしまったような気がしましたね。やはり生活の習慣の違いで、ドラマの中で強調される部分もかなり違ってくるんだということがわかり、いろいろ勉強になりました。

 というわけで、野毛山フラスコでの最後の稽古場ゲネも終わり、帰りには大雨の中、大好きな野毛の行きつけの三陽の屋台で餃子もネギトリもバクダンも手羽先もチンチン麺もたらふく食べてスタミナ付けたし、11日からは相鉄本多で仕込みです。みなさん、待ってますねぇ!

(9.10.2002)

(つづく)


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