金子勝講演会(2013・6・13)の感想
小林緑(国立音楽大学名誉教授)
「一時間半とか聞いてたけど、5時間ぐらい行っちゃうから…」上着を脱ぎながらの最初のひとことからやる気満々!主催者側から、講演終了後に呼びかけ賛同人としてちょっとだけ話を…と命ぜられていましたが、早々に「あ、この調子じゃ私の出る幕はない!」と予感した通り、ボルテージ上がりっぱなしの金子節は留まるところなく、時間切れで満座の人々とともに慌しく退場した次第です。
それにしても、二時間を越える独演会の間、去来した想いは、「こんな先生に教えてもらえる慶應の学生ってなんて恵まれているの!私も金子先生の下で、壊れてしまいそうな”これからの日本の進路”を、とことん考えてみたい…」。身の程も弁えぬ71歳老婆のたわ言、どうぞお聞き捨て下さい。
浜のり子さん流に「アベノミクス」は「アホノミクス」と切り捨てた第一声から原発、TPP、憲法といとも滑らかにつなげて、金子さんはそれぞれのもっとも危険なポイントを細やかに解説されました。でもその内容について論評する力など、もとより私にはありません。ただ、自民党改憲草案に関するコメントには「ほんと、まさに」と唸ってしまいましたので、それだけはお伝えしておきたい。いわく「こんな草案を全部英訳して発信したら、世界中の笑いものになりますよ」…実は同じ13日の午前中、私は衆議院憲法審査会の傍聴席に居て、何故まだ自民党に?と不思議がられている脱原発派の河野太郎さんが、自らの肝臓を父に提供した経験を引き合いに、家族の助け合いは各家庭が決めることであり、憲法条項としては不要との発言を聞いたばかりだったのです。金子さんも、主に第24条の家制度への逆行とも取れる改悪案を念頭に、「家庭問題を憲法でやるかぁ?」というノリの批判でしたから、この日の偶然の一致はなんとも鮮烈で、強く印象に残りました。
ついでにもうひとつ。音楽史が徹底的に無視してきた女性作曲家を20年来研究テーマとしている私は、金子さんが女性問題そのものには触れられないだろうと諦めかけていたところ、終了間近に、優秀な仕事は女性がしている、これからは女性がもっと活躍できなくては、と呟くように、でもはっきり仰ったのです。これは本当に嬉しかった!
しかしなにより、演壇から客席の通路にまで降りて聞き手に直説語りかけたり、唾まで飛んで来そうな気合の入れ方、絶えず笑いが取れるユーモアたっぷりの話しぶり、眼差しも時に鋭く時にやんわり…そのパフォーマンスにすっかり魅了され、圧倒されてしまいました。人前で語るのが商売の先生たるもの、かくあらねばならぬ…同じく大学教員として35年以上過ごしてきた身には、実に有り難い反省の機会を与えて頂けたと思っています。ともかく新聞写真やテレビで見慣れている沈着そうな?お顔からはとても想像できないナマの金子勝さんでした。音楽の場合も、CDや映像ではなく、コンサートの現場でこそ、演奏中の息遣いや曲間の何気ない仕草から、その演奏者の本性や実力が垣間見えることに通じるといえましょうか。それだけに、この講演会を企画していただけたことに、改めて感謝せずにいられません。