なんだか4月になった途端に嫌なことが続いていて、気分的にも落ち込んでいる今日この頃であります。
うちの団地の隣の隣の部屋の老夫婦のおじさんも先週亡くなったんですが、その一週間ほど前にはエレベーターホールでおじさんが倒れているのをうちの長男が発見し、救急車を呼ぶ騒ぎになりました。しかし、その時駆けつけた私も妻も、よく知っているはずのおじさんの顔がすぐには判らなかったんです。おじさんは年寄りにしてはなかなかダンディで、いつも高そうな服を着ていて、うちの子供たちにもよくお菓子をくれたりしたんですが、倒れていた時にはらくだのシャツに股引き姿で、「救急車、呼んでくれよぉ」というロレツの回らない声も、とてもおじさんとは思えなく、何より顔が変わっていてまったく判らなかったんです。今思うと、すでに死相が表れていたんだと思いますね。実は、私の母も亡くなる前々日に祖母の法事が行われ、親戚が集まって写真を撮ったんですが、後でその写真を見せてもらったら、まるで母とは思えない表情をしていました。それも死相が表れていたんじゃないかと思うんですが、その時にはなかなか気がつかないものなんですかね。
死相といえば、1日に飛び降り自殺したレスリー・チャンも、その直前に恋人である唐先生がレスリーのマネージャーに「レスリーの様子がおかしい」と連絡をしていたという話もあり(その後、6時半にマネージャーとホテルの前で待ち合わせをしていたら、まさに時間通りに上から飛び降りて来たという恐ろしい話もあるんだけど……香港は情報がオーバーになるんで真実かどうかはわかりませんが)、あの美しいレスリーにもし死相が表れていたとしたら、なんで周りは判ってやらなかったんだと悔やまれてなりません。
……レスリーのことも書いておかなくてはなりませんね。レスリーの熱烈なファンは私の周りにも何人もいます(月光舎のとりいちえや道学先生のかんのひとみもそうです)が、私にとってもレスリーは、私をアジアに目を向けさせてくれたきっかけになった人であり、何といっても同学年(レスリーが56年の9月12日生まれ、私は57年の2月4日生まれ)で憧れの存在でした。映画出演作品を見ると、ほとんど観ているし(最新作の『カルマ』と日本未公開でVCDのないものは観ていませんが)、日本で行われたコンサートにも行きましたが、本格的にいろんなことを書き出すと長くなりそうなんで、追悼として、レスリーを知らない人にもぜひ観てほしいレスリーの映画を紹介しておきたいと思います。
まずは何といっても『欲望の翼』[90年]。ウォン・カーウァイのベスト作品でもあり、その後のスターへの道を予感させる若さ溢れるレスリーの魅力がいっぱいの作品です。共演者もマギー・チャン、アンディ・ラウ、ジャッキー・チュン、カリーナ・ラウ、そして(?)トニー・レオンと、今や香港映画の大スターたちが演技の火花を散らしています。この作品でレスリーは香港金像奨の最優秀主演男優賞を取りました。
それから『さらば、わが愛 覇王別姫』[93年]。レスリーの自殺を伝える日本のテレビでは、よくこの映像(と『もういちど逢いたくて』)が使われてましたが、カンヌ映画祭でグランプリを受賞したこの作品のレスリーは確かに凄いです。これこそが、レスリーをアジアだけでなく国際的なスターにした、まさに入魂の一作です。
レスリー映画ベストスリーならば、あと『君さえいれば 金枝玉葉』[94年]でしょう。私の大好きな香港映画監督ピーター・チャンの代表作で、アニタ・ユンの代表作でもあるこの作品は、ラブコメディーで、かわいいレスリーの魅力がいっぱいといったところでしょうか。『恋する惑星』と共に、私が何度も見ている回数の多い香港映画のひとつです。
先の3本はとりあえず押さえてもらうとして、他に、美しいレスリーとこれまた美しいブリジット・リンの共演した、美し過ぎてため息の出ちゃう映画『キラーウルフ 白髪魔女伝』[93年]。そして、レスリーが伝説の役者タンピンに扮してロミオを演じる『夜半歌聲 ファントム・ラヴァーズ』[95年]。トニー・レオンと男同士の究極の愛の形を見せてくれる『ブエノスアイレス』[97年]。私の大好きなスー・チーと初共演したレスリーがポルノの映画監督になる『夢翔る人 色情男女』[96年]。レスリーのいろいろな魅力を知ってもらうには、これぐらい観てもらえばいいと思います。そうそう、レスリーが『少林サッカー』のチャウ・シンチーと共演した作品(『家有喜喜事』[92年])もあるんですが、残念ながら日本では公開されてません。しかし、演技の質の違う二人はまったく噛み合ってません。そこがまたおもしろかったんですが。レスリーはジャッキー・チェンとは共演してませんね。これもまた噛み合いそうもないですが。
今回の事件の報道で「レスリー・チャンて何者?」と思った人、ぜひレスリーの映画を観て、アジアにもこんなに素晴らしいスター! そう、まさに彼は輝けるスターでした! がいたんだということを知って欲しいですね。うぅっ……やっぱり悲しいなぁ……
(2003.4.15)