2002年4月第2週

 ソウルから帰って来てから早や一週間。月光舎メンバーへの報告会や向こうの劇場へ送る追加資料の作成や当日のパンフレットの原稿作り、そして、10月に日韓演劇交流センターの主催で行われる韓国現代戯曲ドラマ・リーディング(このことについては次回で少し報告出来ると思います)の台本に目を通すなど、相変わらず生活の中の80%ぐらいは韓国関係のことで占められているような気がします。ま、好きでやってることですからうれしいんですよ、もちろん。そんな中で『ウヌン タレ マウム』の稽古も始まりましたが、とりあえず今回もソウルの話から。

 韓国公演をやりたいと思うきっかけになったのは、三年ほど前のタイニイアリス・フェスティバルでの韓国の劇団の人たちとの交流だということは前に書きましたが、今回の韓国公演の具体的なきっかけは、2000年の5月に初めて訪れたソウルでの出来事でした。その時、劇場がいっぱいある大学路にももちろん行って、いくつかの劇場の人にも会って来たんですが、泊まっていた明洞に倉庫劇場という劇場があることを知り、なぜか気になったんですね。そして、まだ劇場は空いてないだろうと思いつつ昼前に行ってみたところ、そこを拠点としている劇団創作村の若い劇団員たちが稽古をしてたんです。で、その劇場に入った瞬間、私は大学路の新しいきれいきれいな劇場にはない、何か懐かしい匂いを感じたんです。そのまま図々しく稽古も見せてもらい、主宰で劇場の代表でもある金大鉉氏にも会い、ぜひこの劇場で公演をしたいといってしまったわけです。ま、向こうも驚いたとは思いますが、当時は私もまだハングルはほとんどしゃべれませんでしたし(今もチョグムですが)、向こうも日本語がわからなかったので、話が通じたのかどうかはわかりません。ところが、日本に帰って来てから、知り合いの韓国文学の翻訳者の鴻農映二氏(今回の公演では通訳として同行してくれます)に聞いたところ、金大鉉氏や劇団倉庫劇場の代表であり韓国戯曲作家協会の会長である李康列氏とは知り合いということで、話はトントン拍子、というほどではありませんが、とにかく進んでいったわけです。しかも倉庫劇場は、私が懐かしい匂いを感じたという通り、20年前に日本の発見の会が、その後の民間交流の先駆けとして公演をした劇場だったんです。その歴史ある劇場で、21世紀を迎えての新たな日韓演劇交流を、演劇祭への招聘などではなく、いわゆる自主公演といった形で推し進めてこれたということは、大変でしたけど、とてもうれしいことです。もちろん出来れば招聘されたいですよ。でも、アジア征服を目指している月光舎としては(ハハハ……って笑っちゃいけないか)、最初にこういう形でやるっていうのもいい経験なんじゃないかと思ってます。倉庫劇場にしても「出会い」ですよね。私も今だに「アングラなんですか?」とかいわれますが、そういった血が騒いだってことなんでしょうね。ちなみに「アングラですか?」っていわれた時は、「アヴァンギャルドです」って答えてます。自分じゃとてもアングラだなんて思ってません。ほんとにアングラやってきた人たちに失礼ですもんね。もちろん、常にアヴァンギャルド[前衛]でありたいという意識はほんとにありますよ。

 ま、そんなこんなで、韓国の報告というより公演のきっかけの話になってしまいましたが、その後、別ルートで釜山公演(釜山もいい街です)の話も進んでいたんですが、今年はとりあえずソウルだけにしました。

 う〜ん、こりゃ次回も韓国の話をしなくちゃいけないかな……ま、若い劇団の人たちにもどんどん韓国にも公演に行ってもらいたいんで、その参考になればいいしね。とりあえず、今週はこの辺で。

(4.16.2002)

(つづく)


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