稽古テキスト3

  南原(なんばら)と三谷

三谷 兄さん。

南原 なんですか。

三谷 またお酒飲んでたんですか。お酒飲んでくだ巻いてたんでしょ。臭い息、あたり一面にまき散らしてたんでしょ。

南原 後の世の教科書に俺の写真が載るかもしれないじゃない。いいポートレート一発撮っといた方がいいかな、なんて相談してたの。なんせ私、真珠湾攻撃を指揮した軍神南原ですから。

三谷 もうやめていただけませんか。

南原 なにが。

三谷 そうやって、真珠湾の南原です、軍神南原ですと、所構わず吹聴して回るのは。

南原 本当の事だからしょうがねえじゃねえか。真珠湾は今ん所、俺の手柄になってるんだよ。

三谷 恥ずかしくないんですか。みんなが知らないと思ってるんですか、真珠湾の本当の指揮官が誰なのか。

南原 知ってるよ。知ってるけどな、それ、一言でも口にしたら、(絞首刑のふり)コレだからよ。俺を立ててくれんのよ。みんなそういう所は大人だからさ。

三谷 軍神、南原さん。

南原 軍神南原です。

三谷 真珠湾の南原さん。

南原 真珠湾の南原です。

三谷 恥ずかしくはないんですか。

南原 全然。飲んじゃうとさ、みんな山崎の話で持ち切りだもの。なーんも気にしなくなるもんね。俺、自分の悪運の強さ、誇っちゃうもんね。

三谷 逃げたじゃないですか。兄さん、真珠湾の出撃が怖かったんでしょう。

南原 逃げたよ。怖いよ。悪いか。そりゃあ奇襲が成功したからいいよ。でもな、もし俺が指揮して失敗でもしたらどうなる。日本からも非難され、世界を敵にして戦う事になるんだぞ。普通怖いだろ。山崎だけだよ、平気なの。お前だったら、胸張って真珠湾奇襲できたのか。

三谷 山崎は、兄さんのおかげで、あんな南海の孤島に追いやられてしまってるんですよ。

南原 しょうがないだろ。あいつにチョロチョロされたらたまらんもの。仕方のないことなんだよ。

三谷 死んだ花嫁はどうなるんです。リツコさんは

南原 あいつはね、あいつの実家から余計に飛行機と船を買う事で丸く納まったらしいよ。なんかさ、超ド級の戦艦を造るとか、超長距離飛行爆撃機を造るとか。これまた山崎がからんでるらしいんだ、無駄かもしれないのにさ。まあ、それで先方さんの気がおさまるんでしたら、私の腹は全く痛みませんしね。

三谷 このブタ。

南原 ブタで結構。

三谷 カス。

南原 カスで結構。

三谷 兄さん。

南原 なんでしょう。

三谷 あんたにも立場ってもんがあるでしょう。

南原 俺に立場はない。

三谷 兄さん。

南原 俺に立場はない。お前ね、戦争は死んだら負けよ。

三谷 もう一度、真珠湾を攻撃に行きませんか。

南原 はあ?

三谷 今度はちゃんと、日時を指定していきましょうよ。いついつの午前中に攻撃に伺いますから、ひとつよろしくって。

南原 そんなことして、返り討ちにあったらどうすんだよ。

三谷 ちょうどいいじゃない。今度こそ死ねますよ。

南原 死なないの。

三谷 こうなったら、アメリカの本土を空襲に行きましょうよ。こうなったらアメリカ本土決戦ですよ。

南原 あのね、日本は負けつつあるんだよ。本土叩くのはどっちなんでしょうね。

三谷 富嶽を造らせています。

南原 なにぃ。

三谷 ディープ山崎少佐立案、富嶽です。でも私は兄さん、あなたのために造りました。超長距離爆撃機、富嶽です。航続距離1万二千海里、爆撃搭載量15トン。これに乗り込めば、日本を飛び立ち、地球上のどこへでも爆撃に向かうことができるんです。空の要塞と呼ばれる日本初の重爆撃機、富嶽です。アメリカにはまだありません。兄さんの汚名を晴らしてください。これで、名誉の戦死をとげてください。山崎の立案なんです、間違いはありません。

南原 また山崎か。また山崎少佐ですか。真珠湾攻撃を立案し、実行した張本人と言われている山崎少佐ですか。

三谷 そうですよ。あんなに軍部に虐げられながらも、それでもなお日本の行く末を案じてるんです。偉いじゃありませんか。

南原 お前、まだ山崎の事が好きなのか、え、どうなんだ。お前まだあの白系ロシア人の事が好きなのかよ。

三谷 関係ないだろ。

南原 あのさ、そんな飛行機、山崎にくれてやればいいだろ。山崎なら、すぐさまそれに乗って、アメリカでもどこでも一人で飛んでいきますよ。

三谷 山崎なら出撃しますよ。また大きな手柄を立てるかもしれません。そしたら兄さんまた横取りするんですか。白系ロシア人から横取りするんですか。

南原 そうよ。それが俺の愛国心よ。日本軍の士気のことをおもんぱかる俺の愛国心よ。俺は出撃などせんぞ。そんな重爆撃機、山崎のもとに送れ。島送りにしてやれ。それをどう使おうがあいつの勝手だよ。俺が知るか。

三谷 山崎は・・・あの男なら出撃するはずです。あの男の日本を思う心は本物ですから、きっと出撃するはずです。霧雨の煙る朝もやの中、あいつは出撃するはずなんです。そして、あの栄光の重爆撃機、六発のエンジンをその巨大な銀翼に載せた、空の要塞、富嶽に乗り込み、出撃するはずなんです。たちこめる暗雲を打ち破り、閃光と共に雷鳴を轟かせて、大空を駆け抜けるんです、山崎!